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想いいづる時6
「ほい。マンデリンとオリジナルブレンドな。樹くんは砂糖とミルク、どうする?」
「ミルクは要らない。砂糖は……」
樹は何故か俺の顔をチラッと見て、うーん……と悩んでいる。
「砂糖な、もし入れるんなら、ちょっとこれを試してみな」
牧先輩がカウンターの中から差し出したポットには、普通に見かける砂糖より、もったりとした色の粉みたいなものが入っている。薫は身を乗り出した。
「何ですか? これ」
「和三盆だよ。高級和菓子に使われる砂糖だな」
「へえ……これが。名前だけは聞いたことありますよ」
樹も興味津々で、ポットの中を覗き込む。
「あのな。コーヒーはブラックで飲むのが本物だ、的な風潮があるけど、俺は砂糖入れて飲むのも、違う楽しみ方だって思ってるわけだ。で、どんな砂糖がコーヒーの旨さを引き立てるのか、いろいろ研究してみた」
「はは。さすが牧先輩。そういうとこ、とことんこだわりますね」
「まあな。グラニュー糖から始まって、手に入る砂糖はほぼ全部試してみた。基本、精製されたものの方が癖がなくて、コーヒー本来の味を邪魔しない。ただ、この和三盆だけは、邪魔をしないどころか、独特のこくを引き出してくれることが分かったんだ。……って言っても、あくまでも俺の主観だけどな」
牧先輩の熱弁に、樹はすっかり惹き込まれて、口をぽかんと開けたまま聞き入っている。
牧先輩の凝り性と薀蓄語りは、今に始まったことじゃない。薫は入学早々その洗礼を受けているから慣れっこだが、初めて聞かされる樹には強烈だろう。
薫は先輩の淹れてくれた香り高いコーヒーをすすりながら、すっかり打ち解けた様子の樹の綺麗な横顔を眺めて、ゆったりとした午後のひとときを楽しんでいた。
常連客が来て、先輩がそっちの相手を始めたのを潮に、薫と樹はコーヒーとクラブサンドの皿をトレーに乗せて、中庭のテラス席に移動した。
樹は株立ちの雑木の隙間から降り注ぐ陽射しに、眩しそうな顔をして、すっかり寛いだ表情で空を見上げている。
「気に入ったか? ここ」
薫が問いかけると、樹はうっすら上気した頬を微かにゆるめて
「うん。コーヒーの匂いって……なんか落ち着く」
うっとりと呟くその表情が、なんだか大人びて見えて、薫はどきっとした。見た目は間違いなく中学生なのに、母親譲りの美貌のせいか、樹は時折はっとするほど、大人びた色気のある顔つきになる。
樹のふっくらした赤い唇を見ていたら、ふいにちょっと不埒なシーンが脳裏を掠めて、薫は慌てて目を逸らした。
(……なんだ……今のは?)
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