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想いいづる時5
「おまえ、何にする? さすがにまだコーヒーは飲めないよなぁ」
コーヒー豆の専門店に連れてきておいて、この言い草はないなとは思ったが、樹とカウンター席に並んで腰をおろし、薫はメニューを見て首を傾げた。樹はまだ店内をもの珍しそうに見回していたが、その問いかけにはたっとした顔で、薫の顔をまじまじ見てから、メニューを覗き込み
「コーヒーくらい飲めるし。兄さん、俺のこと馬鹿にし過ぎ」
むっとして、メニューを指さした。
「マンデリン、ください。酸味強いの、あんま好きじゃないから」
樹の意外な言葉に、薫と牧は顔を見合わせた。
「おっ。樹くん。コーヒーのこと、詳しいのか?」
「……前に住んでたアパート。1階が喫茶店だった。手伝いすると、店のじいちゃんが時々、コーヒー飲ませてくれた」
「へえ。じゃあ、コーヒーの知識もそのおじいさんから教えてもらったのか?」
牧先輩は豆を準備しながら、ひどく楽しげだ。コーヒーには全然興味のない薫より、話がわかる相手が出来て嬉しいのだろう。
「うん。じいちゃん、暇な時はコーヒーの種類とか淹れ方とか、いろいろ教えてくれた。母さんは、子供にコーヒーなんか飲ませるなって怒ってたけど」
「ああ、まあな。小学生だとストレートはまだキツいかもな」
「夜眠れなくなる、とか、背が伸びなくなるとか。……母さん、結構うるさい」
「ははは。母親ってのは、どこもうるさいもんだ。俺のおふくろなんかはな……」
樹も、いつもより話し方が滑らかだ。どこに連れて行っても、借りてきた猫みたいにちょっと緊張していたのに、カウンターのスツールに腰掛けて、頬杖をつきながら牧先輩と話す姿は、なんだかさまになっていて、とてもリラックスした様子だった。
先輩に、樹を自慢しに来た薫としては、樹が先輩に懐いてくれて嬉しい反面……何となくもやもやする。
樹が初対面の先輩に、すごく柔らかい表情をしているのが、なんというか悔しい……ような気がした。
「で? おまえは何にするんだ?薫」
仲間外れ気分でいじけていた薫は、先輩の言葉にはっと我に返った。
「あ。ああ……じゃあ俺は……オリジナルブレンドで」
牧先輩は、薫と樹の顔を見比べてから、にやりと意味深な笑みを浮かべた。薫は先輩に、子供っぽい独占欲を見透かされてしまった気がして、ものすごくバツが悪かった。
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