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想いいづる時8
樹は薫のおでこに手をあてたことを、すごく後悔していた。
せっかく連れてきてくれた、義兄のとっておきのお店。なんだかすごく居心地が良くて、人見知りの自分にしては珍しく、義兄の先輩ともすぐ仲良くなれて、すごく楽しい気持ちでいられたのに。
樹がおでこに手をあてると、薫はちょっと怒ったような顔で叫んで、樹の手を避けた。
急に触ったからきっと嫌だったのだ。義兄はいつもにこにこしていて、自分にいろいろ優しくしてくれるから、ちょっと勘違いして、図々しくなってしまっていたのかもしれない。
義兄は、きっと誰にでもすごく優しい人なのだと思う。自分のことを特別に思ってくれている訳じゃない。血は繋がっていなくても、兄弟だから。
だから、あまり調子に乗りすぎたらいけないんだと思う。
一緒の時間を過ごしてくれる。楽しそうに笑ってくれる。それだけで樹は充分幸せだった。高望みをして、義兄に鬱陶しいと思われたくはない。
でも、さっき義兄がぎゅっと握ってくれた手の温かさ。それがとても嬉しくて、ダメだと分かっていても、樹はどんどん義兄を好きになってしまっていた。
「樹、夕飯は何がいい?」
先輩のお店から出て車に乗り込むと、薫がそう言って、樹の顔を覗き込んだ。
(……え……?)
樹は一瞬何を聞かれたのか分からず、ぽかんとしてしまった。店を出たら、もう義兄との時間は終わりなんだと思っていた。そろそろ家に送って行くぞと、言われるんだろうと覚悟していたのだ。
「ん? 何とぼけた顔してるんだよ。夕飯。スーパー寄って食材買うから、何か食べたいものがあったらリクエストな。あ、あんまり難しいのは無理だぞ」
(……え……食べて帰るとかじゃなくて、義兄さん家で作って食べるってこと? じゃあ、もうちょっと義兄さんと一緒に居られる?)
「っあ、じゃあ……カレーっ」
樹は思わず勢い込んで大きな声を出してしまった。薫は目を丸くして笑って
「おまえ、カレー好きだなぁ。こないだもカレーだっただろ。いいよ。それなら俺でも作れるからな」
(……違う。カレーが好きなんじゃなくて)
「俺、作り方、聞いてきた。カレー、美味しく作るコツ」
「え?」
「家の家政婦さんに。こないだのカレー、兄さんあんま美味しくないって……言ってたから」
樹の言葉に薫はきょとんとして、それから、ああっというように納得した顔になった。
「そっか……思ったより美味くないって、確かに言ったな。樹はそれ覚えていてくれたんだ?俺の為に美味しく作るコツ、わざわざ聞いてくれたのか」
すごく嬉しそうな顔で、自分の顔を覗き込んでくる義兄の真っ直ぐな笑顔がすごく眩しい。
樹はどぎまぎして、でもそれを薫に悟られたくなくて、わざとぶすっとした顔をした。
「別に……。俺も美味いカレー、食べたかっただけだし」
「そっか。うん、そうだよな。どうせ食べるなら美味い方がいいよな。よし。じゃあ材料買いに行くぞ」
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