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想いいづる時13

「……あの……兄さん、ちょっとくらくらするって……それで、俺、支えて……ベッドに……」 「ふーん。で、そのまま寝てしまったのか。おまえが来る直前、弁当を食ってたのは覚えてるんだ。でもその後の記憶がまったくない。不思議だよな。酔ってたわけでもないのにな」 薫は首を傾げながら、その時の記憶を再び辿ってみようとした。 玄関のチャイムが鳴り、自分は箸を放り出して、立ち上がって、玄関に飛んで行った。樹が来たと思ったからだ。ドアを開けたら、確かにそこには樹がいて……。 (………匂いだ。 ……甘い……匂い……。すごく甘ったい……。 そうだ。甘い……くらくらする……) 「兄さんっ」 薫がもう少しで何か思い出しそうになった時、突然、樹が叫んだ。薫ははっとして、樹の方に目を向ける。 「……おっ俺、のど、渇いたっ。冷蔵庫の水、もらっていいっ?」 なんだか妙に切羽詰った樹の声に、薫はちょっと驚いて 「あ……ああ……水な。もちろん飲んでいいぞ。あ、でも水じゃなくて、たしか、紙パックのりんごジュースが残ってたはずだ。そっち飲めよ」 「……うん。……兄さんは? 飲む?」 「俺か。うーん。どうするかなぁ。もう後は寝るだけだし、缶ビール1本だけ飲むかな」 「ビール……。兄さん、お酒飲むんだ」 「ん? ああ。たまにな。明日は大学もバイトもないからな」 樹は立ち上がると、台所に行った。しばらくして、コップに入れたりんごジュースと、缶ビール1本を持って戻ってくる。 「これ、グラスに入れるの?」 「いや。そのままでいいよ」 樹は薫に缶ビールを手渡すと、またベッドに腰をおろし、両手でコップを持ってこくこく飲み始めた。薫は冷えたビールのプルトップを開けて、最初のひと口をぐいっと煽った。 「樹、おまえはその本のどの建物が一番好きだ?」 樹はベッドを背もたれにして、床に座って、熱心に借りてきた本を見ていた。最初のページから一字一句見逃さないとでもいうように、もの凄い集中力で読み込んでいる。 薫が声をかけると、顔をあげ 「兄さんが、一番好きって、言ってたやつ」 薫は思わず微笑んで 「そうか。おまえもそれ、好きか。じゃあ、それ以外だと、どれがいい?」 そう言いながら、樹の隣に薫も腰をおろした。樹は眉を顰め薫の顔を睨んでから、ぷいっと目を逸らして、手元のページをめくる。 「……これ……俺、好きかも……」 樹がそう呟いて指さしたのは、派手で豪奢な有名建築ではなく、エーゲ海のある島に、昔からある伝統的な白い漆喰の家並みの写真だった。 青い空と海、そして真っ白な家が立ち並ぶ光景は、まるでメルヘンの世界だ。夕闇迫る時間帯の写真は幻想的で、この世の光景ではないように美しい。

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