泊まっていけと言った瞬間、樹の目が嬉しそうにきらきらしたのを、薫は見逃さなかった。それなのに、言葉では素直に嬉しいと言わない。 樹は口より目の方が正直だ。最初はちょっと分かりづらくて面食らったが、今ではそういうところも、何だか凄く可愛いと思ってしまう。 薫が電話している間中、樹はそわそわと落ち着かない様子で、ちらちらと薫の方を見ていたが、電話を切って「お義母さんにちゃんと了承もらったぞ」と伝えると、ぎこちなく少し頬をゆるめて立ち上がり 「じゃあ俺、風呂掃除してくる」 そう言ってそそくさと部屋を出て行った。薫はクローゼットから、替えの下着とお古のＴシャツを出しながら、明日の計画を考えた。明日は１日中ここで勉強の予定だったが、樹がいるなら少し予定変更だ。自慢の弟をちょっと会わせてみたい人がいる。 (……まったく。親ばかならぬ兄ばかだよな……俺も) 会わせた時の２人の反応を想像すると、今から明日が楽しみだった。 風呂上がりの樹のほっぺが、つやつやしていてほんのり赤い。さすが１０代前半、肌が若いな～などと感心しながら、薫がつい見とれていたら、樹に嫌な顔をされてしまった。 さっきも風呂場のドアを開けて、湯加減を聞こうとしたら「開けないでよ！」っと樹に怒鳴られた。別に男同士だし兄弟なんだから、裸ぐらい見られたっていいじゃないか……と思うのだが、相手は思春期の難しい年頃だ。仕方ない。 文句言われてもついつい世話を焼いてしまう自分も、相当懲りないやつだな、とは思うが。 薫が貸した大きめのＴシャツとトランクス姿で、ベッドに腰をおろして、濡れた髪をタオルで拭いている樹は、普段以上に華奢に見える。すっかりこの部屋にも馴染んで、リラックスしている様子がなんだか嬉しい。 樹がここに遊びに来るまで、自分は１人でいるのが好きなんだと薫は思い込んでいた。自分でも意外なほど構いたがりなのは、もしかしたらこれまでの寂しさの反動なのかもしれない。 そういえば、昨夜は急に体調を崩して、樹に構うどころか、記憶もないぐらい寝惚けていたのだった。風邪だと言うが、怠かったのは起きた直後ぐらいで、その後は食欲もあるし、体調もすこぶるいい。 「なあ……樹。昨夜は俺、どんな様子だった？おまえが訪ねてくれてすぐ、具合悪いって倒れたのか？」 薫は勉強机の椅子に腰をおろして、樹の方を見ながら何とはなく聞いてみた。途端に、樹はぴたっと動きを止め、顔にかかった髪の毛の隙間から、そっと覗くように薫を見た。 「……」 (……なんでおまえが、そんな哀しそうな目するんだよ)