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想いいづる時11

カレーを食べ終わると、薫は満足そうにお腹をさすって、 「お世辞抜きで美味かった。カレーが美味いって感じたのは、本当に久しぶりだ。ありがとうな、樹」 薫の褒め言葉に、樹はほっとして、空の皿を重ねて持って立ち上がった。 「あ。それ、シンクにそのままつけといてくれ。後で俺が洗うからな」 樹は頷くと、台所に行って、お皿をシンクに置いて水につけた。鍋を覗き込むと、結構たくさん作ったはずのカレーは、半分近くになっている。薫が2回もお代わりしてくれたからだ。樹はすごく嬉しくなって、思わず頬をゆるませた。 夕食を終えると、薫は勉強机に向かって昼間の勉強の続きを始めた。樹はベッドに座って、借りてきた写真集を眺めていた。 時計を見るともう20時近い。そろそろこの楽しい時間も、終わりの時が近づいている。 「そろそろ帰るか」義兄の口からその言葉が出るのを、樹はずっとドキドキしながら待っていた。 覚悟はしているが、本当は家に帰りたくない。家に帰ればまた、あの叔父との嫌な現実が待っているのだ。 薫がふと顔をあげ、こちらを振り返った。 (……きた) 「そういえば樹、これ、ありがとうな」 薫の口から出た予想外の言葉に、樹はびっくりして顔をあげた。 薫はにこにこ笑いながら、シャツの胸元に手をやり、何かを引っ張り出した。 (……っ) 「いいデザインだよな、これ。すごく気に入って毎日つけてるんだ。ありがとうな」 そう言って掲げた薫の手には、きらきらの粒がついた月型のペンダントが揺れている。樹はちょっと泣きそうになって、唇をぎゅっと噛み締めた。 (……つけて……くれてたんだ……) 薫にあげた誕生日プレゼント。月と星のペアのペンダントだ。 樹は思わず、ジーンズのポケットに手をあてた。アパートに着く直前まで、樹も星の方をつけていた。でも、薫に見られて、あれがペアだってバレてしまうのが怖くて、外してジーンズのポケットに突っ込んでいた。 「……でもそれ、安物だし」 「そんなことないぞ。こういうのは値段じゃないしな。おまえが俺の為に選んでくれたっていう気持ちが嬉しいんだよ」 薫の優しい言葉に、樹は胸がいっぱいになって、何も言えずに目を伏せた。 「さーてと。そろそろ風呂の準備するか」 「え……」 「風呂。入るだろ?あ、着替えの下着は、俺の買い置きの新品、出しておいてやるよ」 樹が何も言えずにじっと薫の顔を見つめていると、薫は首を傾げ 「あれ。今日も泊まっていくんだよな?」 (……え……うそ。…泊まっていいの?) 樹の戸惑った様子に、薫は意外そうな顔をして 「おまえ、明日も学校休みだろ?てっきりもう1泊していくんだと思ってた。違ったか?」 「ち、違わない。でも……兄さん、いいの?明日も予定、ない?」 「俺はまた試験勉強な。特に予定ないけど、おまえが帰りたいなら」 「帰りたくないっ」 思わず叫んだ樹に、薫はにこっと笑って 「ベッドが狭いのと退屈なの、おまえが我慢出来るなら泊まってけよ」 (……うわぁ。凄い……。僕、今日も泊まっていいんだ。もう1日、義兄さんと一緒にいられる) 「……兄さん、1人で寂しいなら、俺泊まってもいいけど」 樹は内心すごく嬉しかったのだが、つい照れくさくて、そんな言葉が口から出てしまった。 しまった……っと思って、慌てて薫の顔を見ると、薫はくくっと楽しそうに笑って 「ああ。1人は退屈だしな。おまえがいてくれると楽しいよ。あ、そうだ。お義母さんに、今日もおまえを預かるって伝えないとな」 薫はそう言って立ち上がると、家電の受話器を取った。

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