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想いいづる時10

「すごいな。あれだけの手間なのに、こんなに美味くなるのか」 薫のこのセリフは、もうこれで3回目だ。 樹はもくもくとカレーを頬張った。 薫は感心したように、スプーンですくったカレーをまじまじ見てから、豪快に口に入れる。 「ふーん。料理ってのは、やっぱりコツがあるんだな。玉ねぎの炒め方ひとつで、こうも違うものなのか」 「……兄さん……しつこい」 「いや。だって全然味が違うぞ? 俺はもっと凝ったことするんだって思っていたんだ」 確かに、薫の言う通り、こないだのカレーとはだいぶ違う。作った樹自身、びっくりしていた。でも…… (……頼むから兄さん、そんなに無邪気な笑顔で僕の顔、覗き込まないでよ) ベッドと小さなテーブルに挟まれた狭い空間で、何故か薫は樹の隣に並んで座っていた。 薫がにこにこしながら横から覗き込んでくる度に、樹は心臓がドキドキして、口に入れたカレーの味が分からなくなる。 (……もぉ……ほんっと近いって) 「樹、お代わりするだろ? かせよ、よそってきてやる」 「……」 自分の空の皿を持って立ち上がった薫が、そう言って手を伸ばしてくる。樹は最後のひと口を慌てて口に放り込んで、自分の皿を差し出した。 薫が台所に行ってしまうと、樹は自分の胸を押さえて、ため息をついた。 喜んでもらえて良かった。思った以上に美味く出来た……と思う。 (……義兄さんって可愛い。僕よりずっと大人なのに、可愛いって言い方は変かも?だけど、嬉しそうに美味しそうにカレーを食べる義兄さんの顔は、まるで子どもみたいだ) こないだだって、すっごく残念そうにカレーを食べてた顔が気になって、樹は義兄に美味しいカレーを食べさせたいと思ったのだ。 一人暮らししている義兄に、中学生の自分がしてあげられることなんてほとんどない。どこかに行っても、お金を出してもらうばっかりだし、面倒ばかりかける。 だからせめて……料理の苦手な義兄の為に、自分がいろいろ覚えて作ってあげたいと思ったのだ。 台所でカレーのお代わりをよそいながら、薫は頬がゆるむのを抑えられずにいた。 樹が作ってくれたカレーは、まだ母が元気だった頃に作ってくれたカレーと同じ味がした。ひと口食べて、懐かしくて、薫は不覚にもちょっと泣きそうになった。多分まったく同じではないのだろうが、すごく似ていたのだ。 その懐かしい味も、もちろん感動だったが、樹が自分のたわいもない呟きを覚えていてくれて、作り方をわざわざ聞いてきてくれた、その優しい気持ちがなんとも言えず嬉しかった。 (……いい子だよな。あいつは) 馬鹿な白昼夢を見たせいで、罪悪感が半端ないが、今まで家族の温もりから遠ざかっていた薫にとって、樹の存在は、会う毎に大きなものになっている。大切にしてやりたい可愛い弟だ。 薫はまた頬をゆるませると、カレーの皿を持って部屋に戻った。

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