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月の想い・星の願い12
「距離を置くって……しばらく会わないってことか?」
「そうね。気持ちの整理がつくまでは、2人きりでは会わないわ。単なる友人の1人に戻りたいの」
冴香はぼんやりとはしていたが、その口調はきっぱりとしていて、これ以上の説得を拒絶しているようだった。
ここで食い下がれば、また別れたいという言葉が飛び出そうで、薫はしばらく黙って考え込んだ。
「……薫、ごめん、私やっぱり」
「いいよ。分かった。君の言う通り、しばらく距離を置こう」
薫は冴香の言葉を遮ると立ち上がった。今これ以上彼女に何か言わせたら、きっと決定的なことになる。
「気持ちが変わったら、君の方から連絡をくれ。俺もしばらくは勉強に専念するよ」
「薫、私、私ね……」
焦って立ち上がろうとする冴香を押し留めて、薫は物分りのいい笑顔を浮かべた。
「冴香。君は今すごく疲れた顔している。きっといろいろ考え過ぎて、いっぱいいっぱいになってるんだな。悩み事、聞いて欲しければ、俺はいつでも付き合うよ。でも、今はそういう心境じゃない。だろ?」
「……薫……」
「煮詰まってる時に結論を出すと、どうしても後ろ向きになる。俺はそれ、経験者だからよく分かるんだ。時間がかかってもいいから、友達と出掛けて気晴らししたり、まったく別のことに目を向けてみるのもいいと思うよ」
薫の言葉に、冴香は苦笑いして
「薫……あなたって、理解あり過ぎだわ。普通は怒るんじゃない? 勝手なこと言うなって」
薫も苦笑いしてみせて
「怒ったって仕方ないだろう? じゃあな、冴香。美味い食事、ありがとう。君の連絡を待ってるよ」
薫は精一杯冷静を装って、冴香に背を向けて玄関に向かった。冴香もいっぱいいっぱいかもしれないが、自分も今、もの凄く動揺していた。感情的になって余計なことを言ってしまう前に、いったん気持ちのリセットがしたい。
冴香は追いかけては来なかった。薫は彼女のマンションを出ると、ぼんやりしたまま自分の車に乗り込んだ。しばらくそのまま、運転席に座って、窓の外を見るともなしに眺めていた。
今日は日曜日で、冴香と1日ゆっくり過ごすつもりでいた。
時計を見ると、まだ午前10時だ。
ポッカリと空いてしまった時間。
ポッカリと空いてしまった心。
あまりにも突然過ぎて、何をどう考えたらいいのか分からない。
付き合い始めてから、冴香の心が不安定に感じることは、これまでも何度かあった。他の男の存在を疑ったこともある。
それでも、冴香から山形への旅行に誘われて以来、彼女の気持ちは安定しているようで、薫はほっとしていたのだ。ご両親とお会いすることで、漠然とだが彼女との将来的なことも真剣に考えていたほどだ。
それが……急に何故……。
薫はため息をついて、ハンドルを掌で叩くと、ふと思いついてポケットからPHSを取り出した。
夏休みに入ってすぐ、樹は自分もPHSを買って貰ったと、ちょっと自慢そうに教えてくれた。自分の少ない電話帳には、樹のPHSの番号が登録されている。
ぼーっと樹の番号を見つめていると、無性に彼に会いたくなった。あの素っ気ないけど心優しい弟と、何も考えずにのんびりと過ごしたい。そうしたら、このやり場のない気持ちも、少しは紛れるような気がする。
薫はもう一度ため息をつくと、樹の番号に電話をかけた。
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