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雨夜の月9
月城が店から出ていっても、薫はしばらく混乱して、ぼんやりしていた。
あの男が言ってることは無茶苦茶だ。開き直りにも程がある。だが……時間と共に頭が冷えてきて、薫は考え込んでしまった。
愛おしいだの守りたいだの、そんな言葉は論外だった。今後、樹には指1本だって触れさせる気はない。
ただ……月城が言っていた中に、妙に引っかかる言葉があった。樹に話を聞けというヤツだ。
思い返せば、樹がアパートに初めて訪ねてきた時から、いろいろと気になることはあったのだ。
何故あんなに腹を空かせていたのか。家出していた事情は何だったのか。
樹が家族と上手くいってないのではないかと、感じたことも度々ある。
月城は、夜遊びしていた樹が不良に絡まれているところを助けたと言っていた。その真偽は分からないが、10以上も年上の社会人の男と、まだ義務教育中の樹に接点があること自体おかしな話だ。
家を飛び出した手前、家族と連絡を取り合うのが億劫で、今まで何となく曖昧にしてきたことを、もう1度よく考えるいい機会なのかもしれない。
月城の件はこれで終わりだとしても、また同じような危ういことに、樹が巻き込まれる可能性はあるのだから。
(……というか、父さんや樹の母親は何してるんだよ。なんでこんなに樹のことを放ったらかしなんだ?)
薫はイライラしてきて爪を噛んだ。実家にいた時はよくやっていた癖だ。このところはすっかり治まっていたのだが。
月城は、樹からきちんと話を聞けと言っていた。樹の置かれてる状況をもっと知る努力をしろと。全く以て余計なお世話だと腹は立ったが、たしかに今のままではダメな気がする。
「……なあ、樹」
「……っっ。……な……なに……」
薫が話しかけると、隣で樹がびくっと飛び上がった。薫はちょっと驚いて、樹の顔をまじまじと覗き込んだ。
「おまえ……どうした。なんでそんな顔……。あ……いや。俺が悪かったんだよな。嫌な思いさせてしまったな」
樹は怯えたような顔をしていて、目が充血して潤んでいた。その顔を見ただけで、今回のことで、樹を酷く傷つけてしまったのだと薫は悟った。
配慮が足りなかった。樹の身に起きたことが知りたくて、いきなり月城を呼び出して、こんな所で話をした。ものすごくデリケートな内容だったのに、樹の気持ちを思いやる余裕がなかった。もちろん、樹のことが心配で堪らなかったからなのだが、樹にしてみれば、酷く無神経なやり方だったのだろう。
「……樹。兄さん、おまえの気持ち、ちゃんと考えてやれてなかったよな。ごめん。あんなこと、大きな声で話したりして、辛かったよな。本当にごめん」
「……っ」
樹は一瞬、大きな目を更に見開いて息を飲んだ。薫がじっと目を見つめると、微かに首を振り唇を震わせ、何か言おうとして、声を詰まらせる。
(……っ!)
今度は、薫の方が息を飲んだ。
樹の大きな目に、みるみる涙が盛り上がる。それはやがて、耐えきれないというように、ぽろりと……零れ落ちた。
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