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君という光4
「おお。久しぶりだな」
「すいません。ご無沙汰してました」
珈琲の香りが充満する小さな店の奥で、牧先輩がニヤリと笑う。薫がちょっと苦笑しながらカウンターに近づくと、先輩は仕込みをしていた手を洗って、タオルで拭きながらカウンターから出てきた。
「思い出してくれただけでもこっちはありがたいよ。元気そうで何よりだ」
客の自分より先に、スツールにどっかりと腰をおろして手招きしてくる。薫は隣に腰掛け、持参の土産を差し出した。
「納期が重なって休みなしだったんです。今日はようやく命の洗濯ですよ」
「行ってきたのか。前に言ってた展示会。たしか今月いっぱいだったろう?」
「ええ。見てきましたよ」
牧先輩はしげしげと顔を見つめてきて
「忙しい割にはいい顔してるぞ。仕事も家庭も順風満帆ってとこか。奥さんとは上手くいってるみたいだな」
「ええ、まあ」
薫は牧からそっと視線を外した。なんでもないように微笑んでくれているが、牧先輩だけはあの頃の自分の苦しみを全て知っている。
そして、冴香との結婚に最後までいい顔はしなかった。おまえは絶対に後悔するぞと、釘を刺されてもいる。
顔を出さなくては、と思いながら、忙しさにかまけて足が遠のいていたのは、相談するだけして先輩の忠告を受け入れなかったという負い目もあったのだ。
「そんな顔するな。おまえが幸せだっていうんなら、俺はそれでいいんだよ。つまらないお節介をして悪かったよな」
穏やかな牧先輩の声に、薫は顔をあげて首を竦めた。
「いえ、とんでもない。先輩に謝ってもらったら、俺の立つ瀬がないですよ」
牧先輩は、少し躊躇してから口を開いた。
「あれから……会ってないのか?」
誰に、とは言わなくても、お互いに分かっている。
「ええ。まったく。何処で何をしているのかも知りませんし」
「そうか……」
また少しの間、沈黙が続いた。重い空気を変えたくて薫が口を開きかけると
「俺は会ったよ」
「……え」
「来たんだ。1ヶ月ぐらい前かな」
薫は息をのみ、牧の顔をまじまじと見つめた。
「ここに?え。ここに来たんですか?あいつが」
思わず大きな声が出た。
牧はちょっとバツの悪そうな顔になり
「おまえに連絡しようか、迷ったんだけどな」
……ここに……顔を出した?樹が?……じゃあ、日本に戻って来てるのか。
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