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君という光8
「そんなに……違うんですか。あの頃の樹と」
牧の困惑した表情を見ていると、不安が募ってくる。それはきっとあまりいい印象ではないのだ。いったいどんな変化なのだろう。
「ああ。正直言って、あの子が帰っちまった後もまだ少し疑ってるよ。本当に彼だったのかな?ってな」
「それ、例えば具体的にどんな?」
焦れてきた。牧はわざと焦らしているわけじゃないだろう。だがもっと詳しい情報が欲しい。
「あくまでも俺の印象だぞ。怒らないか?」
「もちろん。教えてください」
牧はそれでもしばらく躊躇っていたが、やがて言いにくそうに口を開いた。
牧の店を出て車に乗り込むと、薫はしばらくハンドルに突っ伏していた。
今日はこの後、いつものように美術館と図書館に行くつもりだった。見たい期間限定の展示があるし、図書館では仕事用の調べ物もしておきたい。
だが、牧から聞かされた樹のことが、重く心にのしかかって動けない。
……本当だろうか。いや……もしかしたらどこか身体を悪くしているのかもしれない。
牧の想像は、にわかには信じ難い。
彼は結局、樹がこちらでマンションを買って1人で暮らしている…ということ以外、詳しい状況は本人から聞いていないのだ。
叔父との関わりも月城という男がどうしているのかも、樹自身、どうやって生計を立てているのかも。
全ては牧の想像でしかない。
だが、牧は交友関係が広くその方面に詳しい知り合いも多い。まったく根拠のない想像とも言いきれなかった。
「樹……」
せめて、ひと目会いたい。
合わせる顔がないことは分かっている。
それでも、自分の目で今の彼の姿を見たい。
声が聴きたい。
牧は、樹に何度も連絡先を聞いてくれたらしい。せめてどの辺に住んでいるのかと、探りも入れてくれた。だが、樹は頑なに言わなかったのだ。それはきっと、牧の口から自分に伝わるのが嫌だったからだ。
樹はおそらく、自分には会いたがっていない。
もし会ってくれる気があるなら、実家の父母に聞けば自分の今のマンションも職場も分かる。
同じ街に住みながら、それをしないということは、つまりはそういうことだ。
「樹……」
あの時、樹に背を向けたのは自分の方だ。
さよならを告げたのは自分なのだ。
どれほど後悔していようと、その事実は変わらない。
いつか偶然、この街で顔を合わせる時が来るのだろうか。
その時、樹はどんな顔をするのだろう。
薄情だった兄の自分に。
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