なんとはなしに気になって、数歩歩いた後で後ろを振り返った。白い服を着た人物は、さっきのエスカレーターを降りてきて、薫が今来た方へと逆に歩いて行く。スラリとした体つきで、髪はかなり明るめの茶色だ。襟足がかなり長いが、後ろ姿で男だと分かる。タイプライター生地のハリのある裾が長めの白いシャツコートを羽織り、足にぴったりした黒のパンツを穿いている。 ……細いな。真っ白な服をあんな風に着こなせるなんて、相当の細身だよな。 妙に印象に残る姿だった。 薫は再び、書店に向かって歩き出した。 ベストセラーが賑やかに並ぶ棚の前を、本の表紙だけちらちら見ながら通り過ぎ、奥の専門書のコーナーへと向かう。 めぼしいタイトルを見つけて、本棚に手を伸ばしかけた時、不意にさっき見た光景が脳裏によみがえった。 白い服。柔らかそうな茶色の長髪。 あの時、何故気になって振り返ったのか、唐突に気づいた。 目の端に、ほんの一瞬だが映った横顔。 何処かで見た気がしたのだ。 ……樹……？ 記憶の中の樹とはまったく違う。 ７年前のあの子の姿は、今でも鮮明に覚えている。さっきの男にその面影はない。 だが、あれは……樹だ。 何故すぐに気づかなかったのだろう。 薫は思わず駆け出していた。他の客たちが嫌な顔をして睨むのを無視して、書店の出口へと向かう。 入ってこようとする人たちを避けながら、エスカレーターまで来て立ち止まった。 当然、こんな所に彼がいるはずがない。 歩いて行く後ろ姿を見送ってから、既に数分経っている。 ……どこだ。樹……っ 後ろ姿を見送った辺りまで行くと、足早に左右の店を確認しながら、白い服の男を探し続けた。 この階にはいないかもしれない。いや、もうモール自体にもいないのかもしれない。 探しても見つからないと半ば分かってはいたが、諦めきれなかった。 端から端まで虱潰しに探して、駐車場に抜けるメインの出入口で、薫は足を止めて途方に暮れた。やはり白い服の男は見つからない。 別の階か？この階のCafeとか、フードコートだろうか。だが食事をするには中途半端な時間だ。 薫は踵を返して、もう一度元来た通路を引き返した。途中の脇に入る通路を抜けてフードコートに向かう。数店舗の飲食店が並ぶ広いフロアを眺め回してみる。この時間だとテーブル席に座る客の姿はやはり疎らだった。 ……無理か……。 こんな広いモールの中で白い服だけを頼りに人を探し出すなんて、初めから無理に決まっている。薫は肩を落とし、踵を返しかけた。 その時、フードコートの外のテラスバルコニーに白い人影が見えた。 「っ」 バルコニーの手すりにもたれかかって、遠くを見つめている横顔。 ……樹……っ。