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愛しさの先にあるもの22
「何故……君が、ここに……?まだ樹と、」
「にいさん、お水」
背もたれが起き上がるより先に、もがくように身を乗り出した薫に、樹が反対側から声をかける。薫はハッとして樹を見上げて何か言おうとしたが、その口元に樹がすかさずストローを差し出した。
「飲んで、にいさん」
薫は納得いかない表情のまま、ストローを口に咥えた。相当喉が乾いていたのだろう。物言いたげに樹を見つめながら、薫はペットボトルの半分ほど一気に飲むと、ストローを離した。その口元に、樹が甲斐甲斐しくハンカチをあててやる。
「もっと飲む?」
「いや……いい。ありがとう」
樹はぎこちなく微笑むと、ペットボトルを脇のテーブルに置いた。
「樹。おまえと、話がしたい」
「まだ、お医者さまに処方してもらった薬、きれてないから。無理しないでもう少し寝て、にいさん」
樹は薫の視線を避けるようにして口早にそう言うと、肌蹴た布団を引き上げてあげようと手を伸ばした。その手首を、薫がぎゅっと掴む。
「また眠ってしまったら、おまえはいなくなってしまうんだろう?」
薫の呟きに、樹は少し驚いたように薫を見た。薫は苦しげに眉をしかめている。
「にいさん……」
「ずっとおまえと、話がしたかった。俺のやってしまったことを、謝りたかった。だがおまえは、またいなくなってしまうんだろう?」
苦渋を滲ませた薫の言葉に、月城はそっと目を伏せた。
樹とのあの別れの日から、薫も苦しんできたのだと分かる。
当然だ。薫は肝心なことを何も知らされないまま、樹を失った日々を生きてきたのだから。
樹はしばらく絶句して、視線をウロウロと彷徨わせていた。
「頼む。樹。おまえときちんと話がしたい」
重ねて訴える薫の呂律が怪しくなっている。まだ鎮静剤の効き目が抜け切れていないのだ。
「藤堂さん。樹は消えたりしません。薬が抜けたらゆっくり話をしましょう。だから今は、もう少し眠ってください」
月城が穏やかにそう言うと、薫は樹の手首を掴んだまま、こちらを見た。
「君はまだ、樹と関わって、いたのか」
「その辺りの事情も、全部詳しくお話します。あなたには知る権利がある」
薫の身体から力が抜けた。ベッドに力なく背を預け、それでも必死に落ちてくる目蓋を開こうとしている。
「樹。約束……してくれ。にいさんと、話を、すると」
樹はくしゃっと顔を歪めると、薫の手を両手で掴んだ。
「うん。わかった。にいさん、話をする。約束、するから。だから、今は安心して眠って。僕は消えたりしないから」
樹の途切れ途切れの答えに、薫はようやく険しい表情を消して、ゆっくりと目を瞑った。
そのまま眠りに落ちていく薫を、樹は目に涙を浮かべて見守っていた。
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