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愛しさの先にあるもの23

薫がぐっすり寝入っても、樹はしばらく顔を見つめたまま動かなかった。 和臣の為に用意していたこの個室は、もともと4人部屋にもなるゆったりした広さで、窓際の和臣のベッドと廊下側の薫のベッドの間には、厚手のカーテンで仕切りが出来る。 月城はカーテンを引いて、しばらく2人きりの空間を作ってやることにした。 すれ違い続け、お互いに語る言葉も機会も奪われたままの2人だったのだ。 次に薫が目を覚ましたら、あの2人はもう少し、お互いの思いを素直に伝え合った方がいい。 カーテンをそっと引き始めると、樹がパッと顔をあげた。こちらを振り返り、なにか言いたげに口をもごもごさせる。 月城は穏やかに微笑んで目配せすると、カーテンを更に引いた。その手を、立ち上がって寄ってきた樹が、慌てたように掴む。 「どうしたの?目が覚めるまで、薫さんに付き添っていたらいいよ」 樹は眉をきゅっと寄せると、無言で首を横に振り、カーテンのこちら側に出てきた。 そのままスタスタとドアに向かう樹に、月城は慌てて後を追う。 廊下に出ても、樹は足を止めず、エレベーターの方に歩いていく。 月城は追いすがり駆け寄って、樹の肩を掴んだ。 「樹くん。何処に行くの?」 樹はちらっと振り返り、 「お義父さまにお礼を。また、助けていただいたから」 「お礼って……まさか、東京に戻るのかい?」 「東京か、山梨か。何処にいるのか確認してから、直接会いに行く」 樹は淡々とそう答えると、エレベーターのボタンを押した。 「樹くん、待って。さっき薫さんと約束したよね?ちゃんと話をするって。あの方に会うのはその後でいい。まずは……」 「にいさんのこと、お願い」 樹は目を逸らしたまま呟くと、到着してドアの開いた箱に乗り込もうとする。 月城は、その腕を掴んで、ぐいっと引き戻した。 「なに、言ってるの?樹くん、ちょっと待って」 「手、離して」 樹は頑なにこちらを見ようとしない。 月城はため息をつくと、 「待合室に行こう」 樹の腕を掴んだまま、歩き始めた。 各階にある小さな見舞い客用のスペースは、ガラス張りのドアを開けて中に入ると他に誰もいなかった。 半ば強引に連れてきた樹は、さほど抵抗もせず、大人しく椅子に腰をおろす。 「何か飲む?」 「いらない」 月城は樹の向かいに腰をおろすと 「逃げてはダメだよ。分かるよね、樹くん」 樹は俯いたまま答えず、自分の手を見つめている。 「薫さんの顔を見たよね?とても……辛そうだった。君と話がしたい。その願いは切実だよ。彼を置いて、消えたりしちゃいけない」 「……わかってる。でも……何を話すの?」

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