「では……樹とは、その時から交流を？」 「いや。その頃はまだ、いつも遠目で様子を見るだけで、一対一で話す機会もなかったな。私にはしなければいけない調査があったし、あの子もあの子の叔父が常に側にいて、近づく人間から完全にガードされていた。後で……酷く後悔したんだがね。あの頃、何故もっと積極的にあの子のことを調べようとしなかったのかと」 「……後悔……。樹は……アメリカで、どんな暮らしを？学校には通っていたんですよね？叔父に連れられて留学したとしか、俺は聞かされていなかったんです」 身を乗り出す薫に、朝霧は少しの間黙り込んだ。やがて、小さく吐息をつくと、再び静かに話し始める。 「学校には行っていなかったようだ。勉強は叔父の家で家庭教師に教わっていたそうだ。彼の叔父は、常に自分の目の届く範囲に、樹を置いていたかったようだね」 薫は朝霧の目をじっと見つめた。 「何故……貴方は後悔を？樹は……まともな状況ではなかったんですか？アメリカで。貴方が後で知らなかったことを悔やむような……そういう暮らしぶりだったということですよね？」 「いや。私自身、樹がどんな風に暮らしていたかは実際には見ていないよ。全て後から人に聞かされたり、樹から聞いたことばかりだ」 はぐらかそうとしていると感じた。 朝霧はもっと具体的なことを知っていて、それを自分に今は話す気はないのだと。 「樹が、俺には言わないでくれと？」 朝霧はゆっくり首を横に振り 「そうじゃない。あの子のいない所で、あの子の過去について憶測も交えて君に話すのはフェアじゃない。それにね、薫くん。私は君という人物をまだよく知らないんだ。だから、君とまずは話してみたいと思った。君の人となりを知った上で、託してもいいことかどうか、私には見極める責任がある。樹の義理の父親としてね」 薫は、思わず詰めていた息を吐き出し、手のひらで目を覆った。 「そんな風に話されてしまったら、俺は質問せずにはいられませんよ」 「うん。思わせぶりだと感じてしまうだろうな。君がもどかしく思う気持ちは、理解出来るよ」 薫はしばらくの間、泡立つ心を静めようと黙って自分の手を見つめていた。 樹と別れてから、誰も本当のことを自分には教えてくれなかった。 何年も何年も後悔と自責の念に苛まれながら、樹のことを知りたいと思い続けてきたのだ。 今ようやく目の前に、その情報を知っている人物がいる。知りたいと望むのは当然じゃないか。 だが、焦ってはいけないのだろう。 彼が知っていることは、おそらくいい情報ではない。 自分がそれを冷静に受け止めて対処出来る人間かどうか。 朝霧は、試しているのだ。樹の為に。