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月の光・星の光32

いったんは強い口調で否定したが、その語尾は弱くなり、和臣は自信なさげに口ごもった。 和臣のそれがストックホルム症候群と呼ばれる症状なのかどうかなんて、専門家じゃないから分からない。だが、心的外傷後ストレス障害の1種なのかもしれない。 望まない相手からの拘束と長期間の監禁生活。和臣が巧叔父からどんな目に遭わされたかは、容易に想像がつく。その後の久我との生活は想像の域を出ないが、きっと全てを相手に支配されていたのだろう。更には、性的な行為の強要も受けている。 自由になれた後も長く引きずる後遺症は、樹自身にも覚えがあった。 いや、今でもそれは継続中なのだ。和臣とはまた違う症状ではあるけれど。 ただ、自分の場合は、絶対的支配者だった叔父に対して、好意を持ったことは1度もなかった。会いたいとも思わない。 だが、和臣が久我に対して感じていることとよく似た呪縛から、逃れられずにずっと囚われている人を知っている。 「和臣くん。今日ね、退院しよう。僕と一緒に、ここから出よう」 樹の言葉に、和臣は驚いたように目を見開いた。 「いいの…かよ。そんなこと、勝手に…決めて」 「うん。君に今、必要なのは入院じゃないよね。一緒に行こう。君に、見せたいものがある」 和臣は怪訝そうに眉をひそめた。 「……見せたい……もの?俺に?」 「うん。君がそれをどう受け止めるかは分からない。でも、君は知っておいた方が、いい」 「それを見たら……俺の変な夢の、答えが見つかるのかよ」 顔を歪める和臣に、樹は腕を伸ばし、ふわっと抱き締めた。 「それは……わからない」 抱き締めた瞬間、和臣はひゅ…っと息を飲み、身体を強ばらせた。 「君は今、閉じ込められてるって感じてる。入院がストレスになってる。だから僕は、君をここから出してあげたい」 ふんわり包み込んだ腕の中の和臣が、おずおずと顔をあげた。樹はじっと見つめ返してぎこちなく微笑むと、 「君が嫌なら無理強いはしない。絶対。約束する」 和臣は何か言いたげに口を開きかけて躊躇い、しばらく無言でこちらを見つめていたが、やがてひょいっと首を竦めて 「あんたと話してると……不思議な感じになるよね。何言ってんのかさっぱりわかんねえもん。でもなんか……ホッとする。訳わかんないのにさ、大丈夫な気がしてくる」 拗ねたような和臣の言葉に、樹は首を傾げた。 「訳わかんない?」 「うん。でも、任せる、あんたに」 「そう。じゃあ、お医者さまに話してくる。君は、退院する準備、してて」 樹が腕を外すと、和臣は黙って頷いた。

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