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月の光・星の光33
『どうして急にそんな……。いや、マンションの件は分かるよ。やつらにマークされている可能性が高いと、私も思う。だけど…』
樹は待合室のドアを開けて入ってきた家族連れに背を向け、一番奥の窓際まで歩いていった。手でスマホを囲うようにして声をひそめる。
「貴方は、嫌?やっぱり、難しい?」
電話の向こうで相手が黙り込む。
樹は相手が自ら答えを出すのを待った。
長い沈黙の後で、小さな吐息が聞こえて
『……君がその方がいいと判断したなら、意味があることなんだろうね。わかった。私の方はOKだ。でも……君は一緒に来るの?』
相手の答えにホッとしながらも、チクチクと胸が痛む。彼の本心としては、出来ることなら誰にも見せたくはないだろうから。
樹はそっと胸を押さえて
「うん。行く。今回は僕が一緒に、行くべきだと思う」
『……そうか。1度、彼と話をするよ。その感情は、一時的に混乱して錯覚しているだけかもしれないから』
「うん。話してあげて。僕より貴方の方がいい」
樹は、窓の外に広がる鈍色の空をじっと見つめた。
心の奥底に封じ込めたものを、あえてまた確認しに行くのは、正直酷く気が重い。
このところ安定していた心が、またざわめき出すかもしれない。
でも今、それから目を逸らして、和臣の状態を見て見ぬふりをしていたら、取り返しのつかないことになるかもしれないのだ。
心に負った傷の治し方は、人によってさまざまだ。どれが本当の正解かなんて、蓋を開けてみなければ分からない。
今は、自分に出来る最善のことを、試してみるしかない。
「じゃあまた、後で」
『…っ樹くん。君、無理をしてはダメだよ』
「うん。ありがとう。大丈夫」
電話を切ると、自動販売機でホットココアを買って、カップを手に窓際の椅子に腰をおろす。
見舞いに来た家族に囲まれて、同じ階に入院している青年が楽しそうに笑っている。
樹は手の中のカップに視線を落とし、そっと詰めていた息を吐き出した。
「また……戻ってきてくれるか?」
心細そうな薫の言葉に、樹はにこっと笑って頷く。
「大丈夫。ちょっと用事を済ませてくるだけ。夜にはまた、僕が来るから」
薫はバツが悪そうに苦笑して
「……すまん。俺はおまえに我儘言ってるよな。妙に……落ち着かなくてダメだな」
「月城さんの代わりに、土屋って人に付き添いしてもらうから。何かあったらその人に言って。にいさん」
「分かった」
カーテンを開けて和臣が入ってくる。
ここに来た時の私服に着替えて、小さなバッグを肩に引っ掛けていた。
「準備、終わった?」
「ん。別にたいした荷物あるわけじゃないし」
「退院だってね。和臣くん。おめでとう」
薫の言葉に和臣は照れくさそうに首を竦めて
「あ~……どうも」
樹は椅子から立ち上がった。
「じゃあ、にいさん、行くね」
「……ああ。気をつけてな」
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