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月の光・星の光42

樹が飲み物のトレーを持って戻ってきた。 「はい、月城さん。こっちは…アイスティーとアイスココア。和臣くん、どっちがいい?」 おっとりとした口調で首を傾げる樹の雰囲気に、和臣は救われた気分になった。つい、感情的になって要らぬ横槍を入れてしまったのだ。これでは月城の話は一向に先に進まない。 「ありがと。じゃ、俺、アイスティー」 頷く樹からグラスを受け取ると、和臣は表情を和らげて月城に視線を向けた。 「ごめん。話逸らしちゃって。続き、聞かせてよ」 「……大丈夫かい?和臣くん」 「うん。俺さ、思ったこと口に出しすぎって自覚はあるんだ。なるべく黙って話、聞くよ」 月城は柔らかく微笑むと 「いいんだよ、思ったこと、言ってくれて構わない。君のそういう素直な反応に、僕も救われてるからね」 樹に渡されたグラスにストローを刺し、ゆっくりとひと口飲んでから 「話を戻そう。巧さんは僕が部屋で1人で寝ていると職員に聞いて、部屋にやってきた。僕はその頃、他人に心を閉ざしていたからね。不意にやってきた見知らぬ大人に、ものすごく警戒したよ。プレゼントを渡されても、ひと言も喋らなかったし、顔を見るのも嫌だった。怖くて仕方なかったんだ」 「そりゃ、当然だよね。その状況で警戒しない方がどうかしてるもん」 月城は頷いて、視線をまた遠くに向けた。 「その後も、巧さんは週に1回ぐらいのペースで施設にやってきて、僕の寝ている部屋を覗いていった。最初はひと言ふた事言葉をかけてくるだけ。僕は返事もせずにそっぽを向いていた。少しずつ慣れてくると、ベッドの側の椅子に座って、自分が今やってる勉強の話とか、勝手に話して帰って行く。変な人だと思った。どうして何も反応しない僕に、しつこく構うのだろうって。彼は僕に絵本や天体や星座の本を持ってきてくれた。そして、星に纏わる話をたくさん聞かせてくれた。そのうち僕は怪我も治って、動き回れるようになったけど、施設の他の子たちとはなかなか馴染めなかった。庭やホールでぽつんと1人でいる僕に、巧さんは相変わらず熱心に通ってきて、色んな話をしてくれた」 和臣は眉間に皺を寄せて、月城の話に聞き入っていた。 穿った見方をすれば、巧は決して親切心でそんなことをしていたわけじゃないと思う。懐柔しようとしていたのだ。自分が目を付けたお気に入りの少年を。 心を閉ざし、周りから孤立している少年。 獲物を物色している巧からしたら、きっと好都合な状況だったのだろう。 自分をじっと見つめる月城の眼差しに気づいて、和臣は見つめ返した。 自分が内心嫌な想像をしていることに、月城は気づいているのだ。 「君が考えていること、分かるよ」 月城はそう呟いて、薄く笑った。

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