5 / 448

朔3

最寄り駅が同じだという冴香と、たわいもない話をしながら地下鉄に乗り、○○駅で降りて改札を抜ける。 「先に君のアパートの近くまで送るよ。どの辺?」 薫の質問に、飯島冴香はちょっと悪戯っぽい顔で首を傾げた。 「○○町2丁目よ」 「え……。じゃあご近所か」 「そう。藤堂くんのアパートから徒歩3分ぐらい。前に君を見かけたわ。朝、ゴミ出ししてるとこ」 薫は彼女の顔をまじまじと見つめた。彼女はふふっと笑って 「藤堂くん。恋人いるの?」 「いや。いない」 「じゃあ、好きな娘は?」 薫は彼女から目を逸らし、ゆっくりと歩き始めた。 「……いないな」 「そう。ストイックなのね」 隣を歩く冴香の言葉に、薫は苦笑した。勉強とバイトが忙しくて、そういった方面に目を向ける心のゆとりがなかっただけだ。高校時代だって、好きになった娘がいなかったわけじゃない。女の子に告白されたことも何回かあるが、なんとなく億劫で、返事は曖昧に濁してきた。 「別にそういうわけじゃないよ。いろいろ忙しくて面倒だっただけだ」 「ふうん。今も、忙しい?」 「え?」 薫は思わず立ち止まり、冴香の顔を見つめた。冴香はちょっと照れたように笑って 「私、今フリーよ。よかったら付き合わない?」 (……驚いた。たしかに綺麗な女性だが、軽そうな印象はまったくない。どちらかというと、育ちの良さそうな上品な人だ。飲み会で初めて会った日に、いきなりそんなことを言ってくるようなイメージじゃなかった) 「……本気で言ってるのか?」 「ええ。本気よ。驚いた?」 「俺のこと、君はまだよく知らないだろう」 動揺したせいか、ちょっと咎めるような口調になってしまった。冴香は少し傷ついたような顔になり 「知ってるわ。藤堂くんは私のこと、知らなかったでしょうけど」 冴香の言葉に薫は目を見張り、改めて冴香の顔をしげしげと見た。 「前に会ってるのか? ……悪いけど覚えてないんだが」 目の前の彼女は、かなり目鼻立ちのくっきりした美人だ。いくら薫がそっち方面に疎かったとしても、1度でも会っていたら、印象に残っているはずだ。 薫の言葉に、冴香はくすっと笑って 「やっぱり覚えてないのね。私、あなたと同じ○○高校出身なのよ。同じクラスになったことはないわ。でも委員会で一緒だったことはある」

ともだちにシェアしよう!