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朔3
最寄り駅が同じだという冴香と、たわいもない話をしながら地下鉄に乗り、○○駅で降りて改札を抜ける。
「先に君のアパートの近くまで送るよ。どの辺?」
薫の質問に、飯島冴香はちょっと悪戯っぽい顔で首を傾げた。
「○○町2丁目よ」
「え……。じゃあご近所か」
「そう。藤堂くんのアパートから徒歩3分ぐらい。前に君を見かけたわ。朝、ゴミ出ししてるとこ」
薫は彼女の顔をまじまじと見つめた。彼女はふふっと笑って
「藤堂くん。恋人いるの?」
「いや。いない」
「じゃあ、好きな娘は?」
薫は彼女から目を逸らし、ゆっくりと歩き始めた。
「……いないな」
「そう。ストイックなのね」
隣を歩く冴香の言葉に、薫は苦笑した。勉強とバイトが忙しくて、そういった方面に目を向ける心のゆとりがなかっただけだ。高校時代だって、好きになった娘がいなかったわけじゃない。女の子に告白されたことも何回かあるが、なんとなく億劫で、返事は曖昧に濁してきた。
「別にそういうわけじゃないよ。いろいろ忙しくて面倒だっただけだ」
「ふうん。今も、忙しい?」
「え?」
薫は思わず立ち止まり、冴香の顔を見つめた。冴香はちょっと照れたように笑って
「私、今フリーよ。よかったら付き合わない?」
(……驚いた。たしかに綺麗な女性だが、軽そうな印象はまったくない。どちらかというと、育ちの良さそうな上品な人だ。飲み会で初めて会った日に、いきなりそんなことを言ってくるようなイメージじゃなかった)
「……本気で言ってるのか?」
「ええ。本気よ。驚いた?」
「俺のこと、君はまだよく知らないだろう」
動揺したせいか、ちょっと咎めるような口調になってしまった。冴香は少し傷ついたような顔になり
「知ってるわ。藤堂くんは私のこと、知らなかったでしょうけど」
冴香の言葉に薫は目を見張り、改めて冴香の顔をしげしげと見た。
「前に会ってるのか? ……悪いけど覚えてないんだが」
目の前の彼女は、かなり目鼻立ちのくっきりした美人だ。いくら薫がそっち方面に疎かったとしても、1度でも会っていたら、印象に残っているはずだ。
薫の言葉に、冴香はくすっと笑って
「やっぱり覚えてないのね。私、あなたと同じ○○高校出身なのよ。同じクラスになったことはないわ。でも委員会で一緒だったことはある」
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