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突然の君2
とはいえ、自分で処理しなくてはいけないほど、切実なわけじゃない。
薫は気怠い身体をベッドに横たえ、うつらうつらし始めた。
どれほど経っただろう。
ふいに物音で目が覚めた。
身近で聞こえた音じゃないな。ドアひとつ隔てた先、玄関の方から聞こえた気がする。
(……冴香か? 忘れ物でもしたのかな……)
冴香なら合鍵は持っているはずだが、薫は起き上がりベッドから降りると、部屋を出て玄関に向かった。
ドアの向こうでごそごそ音がする。
やはり冴香が戻ってきたのか。
薫は、寝起きのぼーっとした頭のまま、内側から鍵を外しドアを開けた。
(…………?)
いると思ったはずの人影は、そこにはなかった。薫は靴を引っ掛けドアの外に身を乗り出す。アパート2階の廊下にも、人影はない。
(……気のせいだったのか?)
寝ぼけて夢でも見たのかと首を傾げ、ドアを閉めようとした時
「さっき出てった女って誰? カノジョ?」
ドアの向こう側から声がした。薫は驚いて恐る恐るドアをもう一度開け、声がした裏側を覗き込んだ。
(……子ども……?)
そこにいたのは、どう見ても中学生くらいの子どもだった。派手な色合いのTシャツにダメージジーンズ。柔らかそうな癖っ毛に包まれた小さな顔は、華奢な身体つきに似ず大人びて整っていたが、男なのか女なのかは定かではない。
「おまえ……何してんだ、そんなところで」
薫の質問に、その子どもは不機嫌そうに鼻を鳴らし
「いいから早く入れてよ。外、結構寒いんだからさ」
そう言って、呆気に取られている薫とドアの隙間をくぐり抜け、玄関の中へと入っていった。
「は?……あっおいっちょっと待て」
勝手に飛び込んでいった子どもに、薫は我に返った。慌てて追いすがり、靴を脱いで上がりこもうとするその子の腕をぐいっと捕まえる。
「こらっ。何やってんだっ」
薫が怒鳴ると、子どもはくるっと振り返り、嫌そうに顔を顰めて
「離せよっ。痛いっ」
そう怒鳴り返して、一瞬ひるんでしまった薫の手を無理矢理振りほどく。そのまま靴を脱いで、奥へと向かう子どもに、薫は焦ってもう一度手を伸ばした。
「おいっ待てっ。このクソガキっ」
奥の部屋のドアを開けようとする、細い手首を掴んで捻りあげた。
「痛いってばっ離せよっっ。手、折れちゃうよっ」
悲鳴をあげ、じたばた暴れる子どもを、薫は力づくで壁に押さえつけた。
「被害者面すんなよ。勝手に人の家に上がり込んだ、おまえが悪いんだろうがっ」
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