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突然の君6

ほとんど会話も交わしたことのなかった樹が、突然アパートに訪ねて来る。その理由として考えられるのは、ずっと実家に帰らず、食事の誘いにも応じない薫に、父親がしびれを切らして、樹を使いに出した。 それぐらいしか思いつかない。 薫の質問に、樹は途端に表情を無くして 「おじさんは……関係ない。俺、何も頼まれたりしてない」 「じゃあ、このアパートのこと、どうやって知ったんだ?」 樹は両手で持ったマグカップに視線を落とし、 「○○大学の……近くだって聞いてたから」 樹の呟くような返事に、薫は眉を寄せた。大学の周辺には、ここみたいな学生向けのアパートなんてたくさんある。 (……こいつ……俺のアパートだと知ってて訪ねてきたんじゃないなら……) 「え。じゃあおまえ」 「俺っ。もう帰る!」 薫の言葉を遮るように、樹は突然そう叫ぶと、マグカップを机に置いて立ち上がった。 「は? ……っおい、ちょっと待て」 慌てて薫が立ち上がるより早く、樹は部屋のドアを開けて、飛び出して行った。 「こらっまてよっ」 呆気に取られながら、追いかけて薫も部屋を出る。玄関で靴を履き、ドアを開けて出て行こうとする所で、かろうじて樹を捕まえた。 「おいっ。おまえな~唐突過ぎだろう。いきなり来て、今度はいきなり帰るって何だよ」 「離せよっ。俺なんか、どうせ邪魔だろ? もう帰るからいいっ」 手を振りほどこうと暴れる樹の、もう1方の手も掴んで 「おまえさ、何怒ってるんだ? いいからちょっと落ち着けよ。俺に何か用があって、わざわざ来てくれたんだよな? 話聞くから、少し落ち着け」 ちょっと強めに掴んで揺さぶると、樹はまた何故か泣きそうな顔で薫を睨んで 「用なんて別にない。ただの好奇心だし。別に話すことなんかないっ。くっそ、離せよっこの馬鹿力っ」 薫は舌打ちすると 「おまえ、言葉遣い悪すぎだ。分かったよ。じゃあ話しなくていいから、ちょっと付き合え。腹減ってないか? ラーメン食いに行こう」 その言葉に、樹はぴたっと暴れるのを止めた。眉を寄せて薫を見上げ 「……ラーメン?」 「この近所にな、狭くてこ汚いけど、美味い中華屋があるんだ。そこの角煮ラーメン、奢ってやるぞ」 薫の言葉に、樹はごくっと唾を飲み込んだ。ついでに、いいタイミングでぐ~っと腹の虫が鳴く。樹は顔を赤くして、慌てて自分の腹を押さえた。薫は思わずくすっと笑って 「腹減ってるのか。じゃあちょうどいいよな。財布持ってくるから、ちょっと待ってろよ」 樹にそう言いおいて、薫は部屋に戻り上着を羽織った。財布と鍵をポケットに突っ込み、玄関に戻る。もしかしたらその間に居なくなっているかもしれないと思ったが、樹はつまらなそうな顔をして、扉にもたれかかり大人しく待っていた。 (……盛大に腹、鳴ってたもんな) 思い出し笑いしながら樹の顔を見ると、樹は胡散臭そうな目をして 「なんで……笑ってんの?」 「いや。笑ってなんかないよ。じゃ、行くか」

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