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突然の君7

樹を先に外に出し、玄関の鍵をかけて階段に向かう。アパート前の細い路地を抜け、大通りに出た。 薫がちらっと後ろを見ると、樹はジーンズのポケットに手を突っ込み、いかにも嫌々といった様子で、数メートル後をついてくる。 13才と言えば、自意識過剰で格好つけたがりで、何につけても反抗的になる年頃だ。ポーズだけは1人前で、でも意外と素直に後をついてくる樹の様子が、何だかちょっと可愛くて可笑しかった。 突然帰りかけた樹を、引き止めて飯に誘ったことに、特に深い意味なんかなかった。冴香がいなくなって暇を持て余していたし、ちょうど腹も減っていた。ただ、ひょっこり現れた懐かない猫みたいな樹に、ちょっと興味を引かれたのも事実だ。 これまでわざと距離を置いていた義弟への、自分の心境の変化が不思議だった。だが、父親の再婚からもう3年経っている。あの家族と離れて暮らすことで、気持ちもだいぶ落ち着いてきたのかもしれないな、と薫は1人納得していた。 大通りを黙々と歩き、交差点の手前で歩道橋を渡る。降りた先に目指す中華料理店はあった。 古ぼけた小さな店の引き戸を開けると、中華料理店独特の食欲をそそる匂いが押し寄せてくる。 後ろを振り返ると、樹は店の外観をじろじろ見回していた。薫と目が合うと、ここかよ、とでも言いたげに顔を顰めてみせた。 薫は顎をしゃくって樹を招くと、先に店の中に入る。後から来た樹は、物珍しそうに店の中を見回してから、薫が先に腰をおろした4人掛けのテーブルに近づいてきた。 「座れよ。俺のおすすめは角煮ラーメンだけどな。腹減ってるんなら、定食とかラーメンセットもある」 向かいに腰をおろした樹に、メニューを広げてやる。樹は身を乗り出し、覗き込んで 「別に、あんたのおすすめのでいい。あ……あと、炒飯も……食いたい」 「よし。炒飯な。それと、餃子も頼んでやるよ」 薫が付け足すと、樹は何故か偉そうに頷いて、でも厨房の方を見ながら鼻をひくひくさせている。 今日は金曜日だ。私服ってことは、樹は学校が終わって家で着替えてから、ここに来たのだろうか。夕飯がまだなら、きっと腹ペコだろう。店員に注文し終えた後も、落ち着かなげに厨房の方をちらちら見ている樹の様子に、薫の頬が思わず緩む。 「晩飯、まだだったんだな」 「え。うん。腹、減った」 樹はしみじみとそう言うと、運ばれてきた水をぐいっと煽る。 薫はふと、樹は自分のアパートに行くことを、親に告げてから家を出たのかと、気になった。もう20時近い。何も言わずに来たのなら、母親が心配しているだろう。 「親には言ってあるのか? 俺の所に来るって」 途端に樹は表情を硬くして、ぷいっとそっぽを向いた。 「……言ってない」 「ならお義母さんが心配してるだろう」 「はっ。あの女が、心配なんかしてるかよっ」 吐き捨てるように言う樹に、薫はどきっとした。いくら反抗期とはいえ、母親をあの女呼ばわりとは……穏やかじゃない。声にも喋り方にも表情にも、あからさまな嫌悪感が滲んでいて、酷く嫌な感じだ。 何となく、樹が自分の所に突然やって来た理由が、おぼろげに分かってきたような気がする。 余計な邪魔者が消えて、幸せな家族として過ごしていると思っていた我が家だったが、知らないうちに、何やらおかしなことになっているのかもしれない。 薫は樹に、家の様子を聞こうと口を開きかけて……止めた。 こいつの妙に頑なな態度。今、下手に問い詰めたりしない方がいいような気がする。何も事情を知らない自分が余計なことを言えば、かえってややこしいことになりそうだ。

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