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突然の君8
「はい、お先、餃子1枚ね」
店員が、テーブルに餃子を置いていく。薫は醤油とお酢とラー油を取り皿に混ぜ入れ、箸入れから2人分の割り箸を取ると
「ほら、食えよ。ここは餃子も美味いんだ」
箸を割って先にひとつ摘みあげ、あつあつの餃子を丸ごと頬張ってみせた。樹はうっすらと口を開き、薫が食べる口元を食い入るように見つめている。
促すように餃子の皿を押し出すと、ごくっと唾を飲み込み、慌てて割った箸で餃子を摘み、がぶっとかぶりつく。
焼きたての餃子の肉汁が溢れて、熱かったのだろう。樹はきゅっと顔を顰めたが、はふはふ言いながら夢中で咀嚼している。ひとつ食べ終えると、物言いたげにちらっと薫の方を見た。
「いいよ。残りは全部おまえのだ」
樹は目を伏せ、口の中で「ありがと……」ともごもご呟くと、残りの3個をみるみるうちに平らげていった。猫舌の癖に食欲が勝っているのか、半分涙目になりながら、それでも美味そうにがっつく樹を、薫は内心複雑な思いで見守った。
(……いくら食べ盛りっていったって、こんなに腹を空かせてるのはおかしいだろう)
樹の食べっぷりは、見てて小気味好いっていうレベルじゃない。3日ぐらい碌に食べていなかったんじゃないかと勘ぐってしまう位、妙に切実で必死な感じなのだ。
父親をおじさん、母親をあの女と呼び、死ぬほど腹を空かせて、義理の兄の所に転がり込んでくる。
真面目そうには見えない髪型、服装。精一杯いきがっているくせに、時々見せる縋りつくような眼差し。
ほんの1時間ほど一緒にいただけなのに、薫は樹の切羽詰まった事情が、うっすらと透けて見えてしまった。
「は~い、お待ちどうさま。角煮ラーメンと炒飯ね」
テーブルに次々と置かれたラーメンと炒飯を、夢中になって食べ始めた樹を見ながら、薫は得体の知れない不安が、胸に沸き起こるのを感じていた。
「美味かっただろ?」
店を出て、ゆっくりとアパートまで戻る。薫と樹の歩いている時の距離は、行きより少し縮まっていた。
懐かない野良猫が、飯をもらって少しだけ警戒心を緩めたような感じがして、ちょっとせつない。
「うん。意外と美味かった。えっと……ごちそう….さま」
樹は小さな声でもごもごと答えた。
「ボリュームあって美味いし安い。地方から来て一人暮らししてる学生に人気の店なんだ。あそこのご飯ものの定食も美味いぞ。今度行ったら、そっちも食ってみろよ」
「……今度……また食わせて、くれんの?」
「ああ。俺も貧乏学生だから、そう頻繁には無理だけどな」
樹はじっと物言いたげに薫を見ていたが、ふいっと目を逸らすと
「バイト、してんだよね、あんた。おじさん、金持ちなんだから、家から通えばいいじゃん。無理に一人暮らしなんか……しなくったってさ」
拗ねたような口調でそう言うと、道端の石ころを蹴飛ばす。薫は、樹が蹴った石ころが転がっていくのを見つめた。
たしかにこいつの言う通りだ。
家から大学に通うには、電車と地下鉄を乗り継いで40分ほど。県外から来ている学生と違って、自宅から充分通える距離だ。
父親は建設関係の会社を経営していて、無理に苦学生を気取らなくたって、親の金で自宅から大学に通える恵まれた家庭だった。
実際、一人暮らしの家賃や生活費等は自分で稼いでいるが、大学に行く為の資金は父が出してくれている。社会人になったら、いずれ全て自分の稼ぎで返すつもりでいるが、今は親の臑齧りの身分に違いない。
「なんだ、寂しいか。俺に家に帰って欲しいのか?」
わざと軽い口調でそう言うと、樹はばっと顔をあげ薫を睨みつけて
「っべ、別にっ。そんなこと言ってないじゃん」
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