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突然の君11

樹が着替えに行っている間に、薫はベッドのシーツを新しいものに替えた。ついでに夏用のタオルケットや枕などを、クローゼットの奥から引っ張り出してみる。 泊まれと誘ったはいいが、本当に狭い部屋なのだ。ベッドと2人掛けのソファーと小さな机と椅子。それ以外の空きスペースにマットレスを敷くとなると、足の踏み場もない。冴香が泊まる時は一緒のベッドで寝ているからいいが、樹は同じベッドだと嫌がるかもしれない。 薫があれこれ思案していると、樹が部屋に戻ってきた。 予想通り、お古のTシャツは樹にはぶかぶかで、裾の長さがもはやミニのワンピース状態だった。下に短パンを穿いているはずだが、まったく見えない。 子供から大人へと成長途中の樹の肢体は、まだどこか少しアンバランスで、ひどく中性的だ。 小さな顔をふわふわと包む、少し長めの柔らかそうな癖っ毛。ほっそりとした首。筋肉のない長い手。Tシャツの裾から伸びる、やはり無駄な肉などないすらりとした長い脚。女の子の格好をさせても、なんの違和感もなさそうだ。母親も華やかな美人だが、こうして改めて見ると、樹は本当に綺麗な子だ。 少女めいたその姿に、薫はなんだか目のやり場に困り、どぎまぎして微妙に目を逸らした。 「歯ブラシ、あっただろう?ちゃんと磨いたか?」 「うん」 「今な、おまえの寝床をどうするかって考えていたんだ。さすがに俺と一緒にベッドってわけにはいかないよな?おまえはベッドで、俺がマットレスに寝るか」 内心の動揺を誤魔化すように、ちょっと早口でまくし立てた薫に、樹は訝しげな顔で小首を傾げて 「……なんで? ……別に一緒でいいし」 薫の困惑をよそに、樹は感情のこもらない声でそう言うと、さっさとベッドの上にあがって、くるっと振り返り 「俺、奥でいい?」 「あ……ああ……どっちでも好きな方でいいよ」 「ん……」 布団の中にもぐりこみ、もぞもぞと壁の方を向いてしまった。 (……もう寝るのか) 時計に目をやると夜の9時過ぎ。確かに良い子はもう寝る時間だが……。 何となく話し足りない気がして、薫はちょっと残念な気がしたが、樹はもう身じろぎすることもなく静かになった。 薫はなるべく音をたてないようにして、部屋着に着替えて洗面所で歯を磨くと、部屋に戻ってきて、さて……と首を捻った。 薫の就寝時間は、いつもだいたい23時頃だ。寝るにはまだ早すぎる。かと言って樹はもう寝ているから、テレビを観るわけにもいかない。 (……少し、勉強でもするか) 薫は、机に向かって来週提出期限のレポートの続きをやり始めた。 (……レポート、か……) 冴香が、早く帰る為の口実に、レポートの話を出したのは分かっていた。明日は土曜日なのだ。そんな急ぎのレポート提出なんかあるとは思えない。 最初、冴香の方から言い出した2人の関係は、半年経った今では、自分の方が彼女に夢中になっている状態だ……と薫は思っている。冴香は自分に飽きたわけではなさそうだが、束縛されることを極端に嫌う。薫はなるべく彼女の気持ちを尊重するようにしていた。腑に落ちない気がしないではないが、しつこくし過ぎて煙たがられるのは嫌だった。でも…… (……フラストレーション溜まるよなぁ) 薫ははぁ……と小さく溜め息をつくと、一向に進まないレポート作成を諦めて、振り返ってベッドの方を見た。 こんもり盛り上がった布団の山は、規則的に上下を繰り返している。樹はもうすっかり夢の世界の住人だろう。 薫は立ち上がり、ベッドに歩み寄ると、なるべくそおっと樹の隣に寝転んだ。樹はちょっと身じろぎして、むにゃむにゃ言っていたが、やがてすーすーと気持ち良さげな寝息が聞こえてきた。 薫はなんとなくほっとして、思わず頬をゆるめ、樹の隣で目を閉じた。

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