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第4章.想い1

隣に横になった薫が、やがて穏やかな寝息をたて始めるまで、樹はずっと眠ったフリをしていた。 完全に眠ってしまったと確信するまでじっとしていた樹は、やがてそろそろと身体の向きを変えてみた。 (……っ!) 背中合わせに寝ていると思っていた薫の顔が、すぐ目と鼻の先にあって、樹は驚いて息を飲んだ。 その気配を感じたのか、薫が一瞬きゅっと眉を顰める。樹はそのまま息を止めて、様子を見守った。 (………………) 顰められた眉が徐々になだらかになる。薫は目を開ける気配もなく、やがて穏やかな寝息をたて始めた。 樹はほっとして、詰めていた息を少しずつ吐き出した。心臓が耳の横にあるみたいにうるさかった。 もぞもぞもぞと身体を捩らせ、樹はなるべく薫から離れて、後ろの壁にぴたっと身を寄せた。 頭1個分くらい離れて、ようやくほっとして、普通に息をしてみる。 母に写真を見せられた時から、密かに憧れ続けた義兄の顔。夢なんじゃないかと思うくらい、すぐ近くにある。 樹はぎゅっと目を瞑ってから、もう1度ぱっと開けてみた。 (……うわ。やっぱり夢じゃない。すごい……。こんなそばにいるんだ) 邪険に追い返されるかもしれないと覚悟して、それでもどうしても会いたかった。いろんなことがどうしようもなくなって、追い詰められた気分で突然やってきた樹に、義兄は美味しい夜ご飯と温かい寝床をくれた。優しい笑顔と……ちょっと厳しい言葉もくれた。 男らしく整った薫の顔を、息を潜めて見つめていると、鼻の奥がつんとして、涙が滲んできた。 身体に息苦しいような重みを感じて、樹は唐突に覚醒した。知らないうちに寝てしまったみたいだ。 (……っ) 耳のすぐ側に寝息がかかる。いつのまにか自分の背中にぴたっとくっついている、これは義兄の寝息だ。 (……っこ……これって……) きっと寝ぼけたのだろう。薫は、樹の身体を後ろからすっぽりと抱き込んでいた。腰に手をまわし、ご丁寧に両脚まで絡めて、樹は薫の完全な抱き枕状態になってる。 他人にこんな風に抱き締められて、ぴったりと身体を密着させる経験なんて、多分赤ちゃんの時以来だ。樹は身じろぎも出来ないまま、しばらく固まっていた。 (……カノジョと……間違えてるのかな) 夕方、この部屋のドアの前で、呼び鈴を鳴らした方がいいかと迷ってうろうろしてたら、急にドアが開いて、綺麗な女性が出てきた。樹は焦って同じ階の1番奥の部屋の前まで行って、鍵を探しているフリをしていた。 (……すっごく綺麗な人だった。恋人……だよね、きっと) 洗面所に、お揃いで色違いのコップと歯ブラシが並んでいた。薫の勉強机の上の写真立てには、あの人とツーショットの写真が入っていた。 2人並んだら、きっとすっごくお似合いのカップルだ。 急に胸がきゅーっと痛くなって、樹は顔を顰めた。なんだろう。ドキドキするのとは違う感じだ。樹はそっと腕を動かし、自分の胸を手で押さえた。 考えてみたら、樹は義兄のことをほとんど何も知らない。義父や母が、義兄のことを話しているのをたまに聞いていただけだ。 (……また、ご飯おごってくれるって言ってた。ってことは、またここに来てもいいってことかな……?) 自分や母のことが嫌いで家を出て行ったわけじゃなかった。時間が必要だっただけだって言ってくれた。だったらこれからは、もっと親しくなれるのだろうか。こんな風に時々会ってくれたりもするのだろうか。 何か不満があるなら、話を聞いてやるって言っていた。悩んでいることや、苦しいって思っていること、ずっと誰にも言えずにいたいろんなこと。義兄に話してもいいのだろうか。 (……でも……) 鬱陶しいとは思われたくない。めんどくさいヤツって嫌われたくない。せっかく優しくしてもらえたのに。家にも泊めてもらえたのに。 (……義兄さんに近づけた。拒絶されなかった。ちょっとだけ親しくなれた。今は……それだけでいい) 緊張がほぐれてくると、薫に抱き枕にされている状態が、樹はだんだん心地よくなってきた。布団にただくるまってるのより、じんわりと暖かくてほっとする。うなじのところに義兄の息がかかって、ちょっと擽ったいのが困るけど……。 人肌の温もりに包まれて、安心したら眠くなってきた。このところ、いろいろあってまともに寝てなかったのだ。 樹はすごく幸せな気分で再び目を閉じた。

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