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想い4

部屋のドアを開けると、樹はベッドからおりて、ソファーの上に畳んで置いておいた服に、着替えている最中だった。薫が部屋に入ると、はっとして振り返る。薫はなるべく平静を装いながら 「もう起きるのか? 休みなんだからもう少しゆっくり」 樹は薫の顔を見てから、視線を下に移し、なんだか焦ったような顔でぷいっと目を逸らすと 「あんたこそもっと寝てればいいじゃん。……シャワー浴びたのかよ」 「ああ。起きるんだったらおまえも浴びて来いよ。さっぱりするぞ」 樹はまた薫の顔を見て、微妙な表情を浮かべると 「……いい。俺、もう帰る」 そう言ってくるりと薫に背を向けて、さっさと自分の服に着替え始めた。 「え? 帰るって」 短パンを脱いでジーンズを大急ぎで穿き、そそくさとドアの方に向かう樹の腕を、薫は慌てて掴んだ。 「あ、おい。ちょっと待てよ。怒ってるのか? 悪かったよ。本当に寝惚けたんだ。おまえに変なことしようとしてたわけじゃないぞ」 「っそんなの、分かってるし。手、離せよ。泊めてくれてありがと。じゃあね」 薫は、顔を背けたまま手を振りほどこうとする樹の、もう1方の手も掴んで 「待てって。どこ行くんだ?」 「離せよ。どこだっていいだろっ」 「よくないだろ。家に帰るなら、俺が送ってくよ。お義母さんと約束したんだからな」 「まだ家には帰んない。余計なお節介すんな」 苛々と吐き捨てるように言って、掴まれた手を尚も振りほどこうとする樹に、薫は眉を潜めた。 「家に帰らないでどこに行くんだ」 「そんなことっ。あんたには関係ないじゃん」 「関係なくないだろ。俺はおまえの兄貴なんだからな」 思わず言ってしまったその言葉に、樹はばっと振り返り、目を吊り上げて怖い顔で薫を睨むと 「はっ。よく言うよ。いまさら急に何言っちゃってんの? 俺の顔も忘れてたくせに、いきなり兄貴面とか、意味わかんない」 (……たしかに。樹の言うことはごもっともだ。ほんと、いまさらだよな。自分でもちょっと呆れる) 薫が何も反論出来ずに黙ると、樹は手を乱暴に振りほどき 「飯とベッド、ありがと。じゃ、さよーなら」 にこりともせずそう言い捨てて、樹はばたばたと部屋を出て行った。 急いで服を着て追いかけようかと思ったが、間に合いそうにないし、樹があれだけ拒絶しているのに、引き摺り戻すわけにもいかない。 薫は樹の出て行ったドアを見つめて、大きなため息をついた。 (……まずかったよな……。あいつ、軽蔑したかな、俺のこと) 樹は思春期真っ只中だ。 薫は自分があの年頃の時どうだったかと考えてみた。性に興味は抱いていたが、嫌悪感もあった。特に……自分の身内の性事情なんて気色悪いとも思っていた。だからこそ、父親がひと回りも若い後妻を連れてきたことに、あれだけ反発したのだ。血は繋がっていないとはいえ、兄貴の興奮した姿なんて……見たくなかっただろう。軽蔑されたとしても仕方ない。 今更、いい兄貴面するつもりなんてなかったが、再会してみて自分の気持ちの変化に気づいた。1人っ子だった自分には、樹の存在は新鮮で、もし何か悩み事を抱えているのなら、話し相手にだけでもなってやりたいと思った。樹のことを、もっと知りたいと思ったのだ。 せっかく向こうから歩み寄ってくれたのに、気持ち悪がられて逃げられてしまった。 (……なんか……めちゃくちゃ凹むな) 薫はがっくりと肩を落とし、ベッドの端にどさっと座り込んだ。

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