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想い5
(……意味わかんない。意味わかんない。意味わかんない)
樹は心の中で繰り返し呟きながら、地下鉄への道を走った。どうしてこんなに必死に、義兄のアパートから遠ざかろうと焦っているのか分からない。
なんだかすごく頭の中が混乱していた。
地下鉄の駅へと降りる階段が見えてきて、樹はようやくほっとして走るのを止めた。手摺りを掴んで寄りかかり、乱れてしまった息を整える。
呼吸が落ち着いてくると、混乱していた頭もだんだん冷えてきた。
樹は、嫌な捨て台詞を残して、義兄の部屋を飛び出して来てしまったことを後悔し始めた。
今日は1日、義兄と一緒に過ごせるはずだったのだ。義兄の話も聞きたかったし、自分の話も聞いて欲しかったのに。
(……義兄さん。きっと呆れてるだろうな……)
せっかく部屋に泊めてくれたのに、唐突に帰ってしまった。行きの電車代は、残っていたお金をかき集めて何とか足りたけど、そういえば帰る為のお金なんか持っていない。
自宅には帰りたくない。でも、こういう時、いつも離れに泊めてくれる先輩の家は、自宅と同じ駅だから、どっちにしろ樹は歩いて帰らなければいけないのだ。
(……どうしよう……)
樹は、階段を見つめて途方に暮れてしまった。
薫は、大事なことを忘れていたことに気づいた。凹んでいる場合ではなかったのだ。
昨日、実家に電話して義母と話した時、最後に頼まれたのだ。樹のことを。
樹はおそらく、家出中だ。義母は言葉を濁していたが、必ず家に連れて帰って欲しいと、電話口で頼む彼女の声が妙に切実だった。
樹はアパートまで電車で来たと言っていたが、異常に腹を空かせていたのを考えると、金はほとんど持っていないのだろう。
今日は目が覚めたら、その辺の事情も樹に聞いてみるつもりだった。
まったく……。寝惚けて馬鹿なことをしてしまったせいで、予定が全て狂っている。
(……あいつ、地下鉄に乗る金ぐらいはあるのか? もしそれもないなら、どうやって帰るんだ。いや、どこに行くつもりなんだ)
薫は慌てて服を着ると、家の鍵と携帯電話と財布を持って、アパートを飛び出した。
(……とにかく……歩くしかないよね)
いつまでもこんな所でぼんやりしていたって仕方ない。
樹はジーンズのポケットに手を突っ込み、残っている小銭を確認してみた。
36円。これじゃ一駅分にもならない。ジュースは買えないけど、途中でお腹が空いたら、コンビニでひと口チョコは買えるかもしれない。
昨夜、義兄が奢ってくれたラーメンと餃子と炒飯は、本当に美味しかった。家を出てから2日以上、まともなものを食べていなかったから、涙が出そうなくらい嬉しかった。
腹いっぱい食べさせてもらったおかげで、今日は身体を動かすのもそんなに辛くない。
(……コンビニに行って、地図を見てみよう。道さえ分かれば歩いて帰れるかも)
樹は周りを見回して、道路の反対側にコンビニがあるのを確認すると、横断歩道に向かった。
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