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迷い猫2

樹の泣きそうな顔と震える声が、なんだか痛々しかった。 心配されるなんて全然思っていなかったのだろう。樹に自分がどんなイメージを持たれていたのか、薫は痛切に思い知らされた気がした。 (……たしかに俺は、おまえに対して、冷たい兄だったよな。自分の気持ちの整理にいっぱいいっぱいで、おまえがどんな想いでいるかなんて考えもしなかった) 「おまえのことが心配だったからだよ。いきなり帰るなんて言うなよ。どうせ、金は持ってないんだろう? 歩いて帰るつもりだったのか?」 樹は掴まれた手首をじっと見下ろし、振りほどこうとして躊躇して 「コンビニで、地図見て、帰り道、ちゃんと調べたし」 「ばか。電車乗り継いで40分だぞ。歩いて帰ったら日が暮れる。とりあえず、もう一回、俺のアパートに来いよ。車で送ってやるから」 樹はばっと顔をあげ、大きな目を見開いた。 「車、持ってんの? あんた運転とか、出来るんだ」 「まあな。免許は取り立て。車は中古のオンボロだけどな」 薫は言いながら、顔をあげ辺りを見回した。 「ところでここ、どこだ? あいつらまこうとして、めちゃめちゃに走ったからなぁ。こんな公園、見たことないぞ」 薫は樹の手首を掴んだまま、公園の入り口にある町内掲示板に向かって歩き出した。樹は、薫に手を掴まれたまま、黙って大人しくついていった。 「ふうん……5丁目か。お、あっちに地図があるな」 薫は掲示板の脇に立っている、町内案内図を覗き込んだ。手書きの簡単な地図だが、ここと自分のアパートの位置関係は分かった。 「俺のアパートはあっちだな。ここから歩いて……20分ぐらいか。なあ、樹。おまえ喉、乾いただろう。自販機で何か飲み物買って、あそこのベンチで少し休んで行くか」 樹は物言いたげに口を開いたが、何も言わずにこくんと頷いた。 男たちに絡まれたことがショックだったのか、引き摺られて一緒に走り回って疲れたのか、憎まれ口はすっかりなりを潜めてしまっている。 口を開けば威嚇するような言い方しかしなかった樹の、意外なほどのしおらしさが、ショックの大きさを示しているようでせつない。 それにしても、さっきは危ないところだった。あの男たちは、樹を少女と間違えていたようだが、車に引き摺り込まれて連れ去られたら、今頃どんな目に遭っていたか……。 薫は改めてほっと胸をなでおろすと、自販機の前まで行き、ようやく樹の手を離した。 「何がいい? どれでも好きなの、ボタン押せよ」 樹は、薫の顔と自販機を交互に見つめて 「オレンジジュース……」 小さく呟いた。 公園でベンチに2人並んで腰かけて、黙って飲み物を片手に過ごした。樹にいろいろ聞いてみたいことがあったが、あまりうるさく詮索して、また逃げられるのは嫌だった。 もともと、義理の兄弟とはいっても、年が離れている上に、ほとんど会話らしい会話もしたことがない。 もう少しゆっくり時間をかけて、打ち解けてからでないと、あまり踏み込んだ話は出来ないだろう。 「そろそろ……帰るか」 薫がそう言って缶コーヒーの残りを飲み干すと、樹は首を傾げ、半分ほど飲んだペットボトルの蓋をしめて、黙って頷いた。

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