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迷い猫3
樹はまだドキドキしている胸をそっと押さえた。
これはきっと、走ったせいなんかじゃない。さっき義兄に、抱き締められたからだ。
コンビニの駐車場で道を聞こうとして、変な男たちに絡まれた。その上無理矢理車に乗せられそうになった。そこに颯爽と現れて、義兄は自分を救い出してくれた。絡まれてる手を引き剥がし、しっかりと抱き寄せてくれた。
その時の手の感触が、まだ身体に残っている気がする。
義兄が探してくれるなんて、追いかけてきてくれてるなんて、樹は夢にも思っていなかったのだ。ましてやトラブルになってるのを助けてくれるなんて。
公園で休もうと言われて、ああ、お説教されるんだな、と樹は覚悟した。
自分が家出していることを、義兄はきっと気づいてる。母から電話で伝言を頼まれたのも、多分そのことだろう。だから、問い詰められて、怒られるんだと思っていた。
でも、義兄は何も言わない。お説教するどころか、いろいろ問い詰めたりもしない。ただ黙って、ショックがおさまるまで、隣に座っていてくれた。
昨日から、義兄に迷惑をかけてばかりなのに。
(……どうして? なんでそんなに僕に優しくしてくれるんだろう?)
樹は、自分は今の家には要らない人間だと感じていた。
母は新しく生まれた妹にかかりっきりだったし、最初は優しくしてくれた義父も、最近は樹の存在を完全に無視している。
妹が生まれた時、樹はすごく嬉しかった。ずっとひとりっ子だったし、義兄とは上手く仲良くなれなかったから、やっと出来た自分の妹はものすごく可愛かった。
ほわほわの髪。黒目がちのくっきり二重の大きな目。ちっちゃなちっちゃな手。指を差し出すと、そのちいちゃな指できゅうっと握ってくれた。その温もりが愛しくて可愛くて、樹は天使のような妹にもう夢中だった。
忙しい母を手伝うために、樹は学校から帰ると一番に妹の所に飛んでいって、あれこれと世話を焼いた。母乳では足りない分のミルクを飲ませたり、ぐずったら抱っこしてあやしたり、下手くそだったけどおむつを取替えたり。天気のいい休日にはベビーカーを押して、散歩に連れていった。妹は樹があやすと、ご機嫌にきゃっきゃっと笑ってくれるようになった。樹はとっても幸せだった。
でも……あの事故が起きた。
それで全部変わってしまったのだ。
樹は、あの家での居場所を無くした。とても幸せだった家族との時間は、樹にはもう手の届かない所にいってしまった。ほんんの少しの……不注意が原因で。
母は最初、怒る義父から自分を庇ってくれたが、義父と自分の間に入ってすごく辛そうだった。だから樹は、自分から家族と距離を置いたのだ。
だって、自分が悪かった。罪を犯したから、罰を受ける。当たり前のことだと思った。
でも、そういう樹の態度が、義父を余計に怒らせたようだった。
ふてぶてしい。可愛げがない。素直じゃない。子供らしくない。
義父が自分にそんな言葉をぶつけてくる度に、樹の心はひび割れた。
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