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迷い猫5

樹はボックスからティッシュを数枚掴み出すと、そっぽを向いたまま、薫の目の前に突き出した。 態度も言葉遣いもぶっきらぼうだが、樹は案外優しい子なのかもしれない。この年頃の子どもは、気持ちを素直に表すのが苦手だ。自分が13歳だった時のことを思い出してみれば、樹のツンツンした言動も、薫には理解出来る気がした。 薫は思わず微笑むと、樹の差し出すティッシュで目元を拭いた。 「ありがとうな。じゃあ、玉ねぎ炒めるか」 「じゃがいも、皮むき終わった。玉ねぎは、俺が炒める」 火加減を調整し熱して油をひいた鍋に、薫が切った玉ねぎをざるからあけると、樹は薫の手からタナーを奪って炒め始めた。さっきと違って危なげないその手つきに、薫は感心して 「へえ。やったことない割には上手いな」 「学校の調理実習で、カレー作ったことあるし。母さんの手伝いも」 「なるほどな」 薫は納得しながら、樹が皮をむいたじゃがいもを一口大に切っていく。 「……あのさ。左手、猫手にしないと、指切っちゃうよ」 言われて手を止め樹の方を見ると、樹は顔を顰めてこっちの手元を見ていた。薫は苦笑して言われた通りに添えた手を丸め 「そういや、俺も学校でそんなこと習った気がするな」 樹はまたぷいっと目を逸らし、鍋をかき回しながら 「一人暮らしのくせに、あんた……兄さん料理下手過ぎ。いつもカノジョに作ってもらってんの?」 樹の言葉に、薫は今朝のことをはたっと思い出した。 (……そうだった。俺は寝ぼけて冴香と間違えて、樹を襲いかけたんだった) 薫は、途端にバツの悪さが蘇ってきて 「あ~……そういえば……悪かったな、今朝は」 「別に。そんな謝らなくていいし。カノジョと間違えただけでしょ」 「う……。まあな。でもびっくりしただろ」 「別に。それより今日、大学休みでしょ。いいの? 俺なんかに構ってて。カノジョとデートしねえの?」 薫は痛い所をつかれて苦笑すると 「振られたんだよ。俺はそのつもりだったんだけどな。用事があるって帰ったんだ」 樹は不機嫌そうな表情で、薫の顔をまじまじ見つめると 「そんな冷たい女、兄さんの方から振ってやればいいじゃん」 樹の子どもらしい単純明快な言い草に、薫は苦い笑いを噛み殺し 「そう簡単な問題じゃないんだよ。まあ、大人にはさ、いろいろとあるんだ」 樹は腑に落ちない様子で鼻を鳴らし 「あっそ。……別に。俺には関係ないけどさ」 またぷいっと目を逸らし鍋をかき回し続ける。 「そろそろ他の材料も入れるぞ」 薫は冷蔵庫から肉を取り出し、一口大に切って鍋に加えた。 それからしばらくは、2人とも黙り込んで、カレー作りに専念した。 「どうだ? 味は」 黙々とカレーライスを食べる樹に、薫は問いかけた。樹は次のひとくちをスプーンですくいあげながら、顔をあげてちらっと薫を見て 「……普通。不味くはない」 可愛げのない言い方だが、まったくもってその通りだと思う。結構苦労して、手間暇かけて一緒に作ったカレーライスは、不味くはないが想像していたより美味くもなかった。普通にカレーだ。 薫は手元の皿を見て首を傾げ 「なんだろうな。こう……なんというか、もうちょっと美味いものをイメージしていたんだが……」 樹はぱくっと口に入れたカレーを、もぐもぐと咀嚼して 「こんなもんじゃないの? 家で作るカレーなんてさ。兄さん、いろいろと夢見過ぎ」

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