27 / 448
迷い猫5
樹はボックスからティッシュを数枚掴み出すと、そっぽを向いたまま、薫の目の前に突き出した。
態度も言葉遣いもぶっきらぼうだが、樹は案外優しい子なのかもしれない。この年頃の子どもは、気持ちを素直に表すのが苦手だ。自分が13歳だった時のことを思い出してみれば、樹のツンツンした言動も、薫には理解出来る気がした。
薫は思わず微笑むと、樹の差し出すティッシュで目元を拭いた。
「ありがとうな。じゃあ、玉ねぎ炒めるか」
「じゃがいも、皮むき終わった。玉ねぎは、俺が炒める」
火加減を調整し熱して油をひいた鍋に、薫が切った玉ねぎをざるからあけると、樹は薫の手からタナーを奪って炒め始めた。さっきと違って危なげないその手つきに、薫は感心して
「へえ。やったことない割には上手いな」
「学校の調理実習で、カレー作ったことあるし。母さんの手伝いも」
「なるほどな」
薫は納得しながら、樹が皮をむいたじゃがいもを一口大に切っていく。
「……あのさ。左手、猫手にしないと、指切っちゃうよ」
言われて手を止め樹の方を見ると、樹は顔を顰めてこっちの手元を見ていた。薫は苦笑して言われた通りに添えた手を丸め
「そういや、俺も学校でそんなこと習った気がするな」
樹はまたぷいっと目を逸らし、鍋をかき回しながら
「一人暮らしのくせに、あんた……兄さん料理下手過ぎ。いつもカノジョに作ってもらってんの?」
樹の言葉に、薫は今朝のことをはたっと思い出した。
(……そうだった。俺は寝ぼけて冴香と間違えて、樹を襲いかけたんだった)
薫は、途端にバツの悪さが蘇ってきて
「あ~……そういえば……悪かったな、今朝は」
「別に。そんな謝らなくていいし。カノジョと間違えただけでしょ」
「う……。まあな。でもびっくりしただろ」
「別に。それより今日、大学休みでしょ。いいの? 俺なんかに構ってて。カノジョとデートしねえの?」
薫は痛い所をつかれて苦笑すると
「振られたんだよ。俺はそのつもりだったんだけどな。用事があるって帰ったんだ」
樹は不機嫌そうな表情で、薫の顔をまじまじ見つめると
「そんな冷たい女、兄さんの方から振ってやればいいじゃん」
樹の子どもらしい単純明快な言い草に、薫は苦い笑いを噛み殺し
「そう簡単な問題じゃないんだよ。まあ、大人にはさ、いろいろとあるんだ」
樹は腑に落ちない様子で鼻を鳴らし
「あっそ。……別に。俺には関係ないけどさ」
またぷいっと目を逸らし鍋をかき回し続ける。
「そろそろ他の材料も入れるぞ」
薫は冷蔵庫から肉を取り出し、一口大に切って鍋に加えた。
それからしばらくは、2人とも黙り込んで、カレー作りに専念した。
「どうだ? 味は」
黙々とカレーライスを食べる樹に、薫は問いかけた。樹は次のひとくちをスプーンですくいあげながら、顔をあげてちらっと薫を見て
「……普通。不味くはない」
可愛げのない言い方だが、まったくもってその通りだと思う。結構苦労して、手間暇かけて一緒に作ったカレーライスは、不味くはないが想像していたより美味くもなかった。普通にカレーだ。
薫は手元の皿を見て首を傾げ
「なんだろうな。こう……なんというか、もうちょっと美味いものをイメージしていたんだが……」
樹はぱくっと口に入れたカレーを、もぐもぐと咀嚼して
「こんなもんじゃないの? 家で作るカレーなんてさ。兄さん、いろいろと夢見過ぎ」
ともだちにシェアしよう!