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兆し2
海賊船は、どんどん振り幅と勢いを増していく。身体があり得ない高さであり得ない角度になり、その状態で数秒止まってから一気に降下していく。
乗客の悲鳴が大きくなった。
薫はふと、隣の樹の横顔を見て驚いた。さっきから声ひとつあげないから、全く平気なんだと思っていたのに、樹はがちがちに強ばった表情のまま固まっていた。唇を噛み締め、安全バーを指が白くなるほど強く握り締めている。
(……声、出さないんじゃなくて、出せなかったのか。うわ、泣きそうじゃないか、こいつ)
そういえば、遊園地のゲートをくぐった時から、何となく感じていた。もしかしたら樹は、アトラクションどころか、遊園地自体が初体験じゃないのかと。
だとしたら、いきなりこれに乗せたのは、かなりの衝撃だったはずだ。
(……失敗したな。最初はもっと軽いやつにしてやればよかったか。せめて真ん中の席にしてやるべきだったな)
船の振り幅が最高になる。1番高い所で、水泳の飛び込みみたいな体勢になった。
樹がひゅっと息を飲む音が聞こえて、薫は思わず樹の手に自分の手を重ねた。大丈夫だ、というように重ねた手をぎゅっと握ってやると、樹がこちらを見た。
(……っ)
樹は世にも哀しげな顔をしていた。こんな表情をしている人間なんて、マンガやドラマでしか見たことがないレベルだ。
薫はなんだかせつなくなって、安心させるように樹に微笑みかけ、もう1度手をぎゅっとしてやった。
義兄に遊園地に誘われた。
樹は仰け反る位びっくりして……でもすごく嬉しかった。
遊園地に行くのは、実は初めてだった。小さい頃、母が遊園地に連れて行ってくれたらしいが、樹は全然覚えていなかった。友達の話を聞いたり、テレビで観たことはあるけれど。
義兄が運転する軽自動車に乗って30分ほどで、地元では1番大きな遊園地に到着した。
1日フリーパス券を、2人分買ってくれて、大きなアーチ型のゲートを一緒にくぐった。
樹はものすごくわくわくしていたが、中学生にもなって遊園地ではしゃぐなんて、恥ずかしいのかもしれないと思って、出来るだけ平静を装っていた。
園内は家族連れやカップルで結構賑わっている。色鮮やかな看板や建物や乗り物。明るくて楽しそうな音楽。見るもの全てが新鮮で刺激的で、心が浮き立つ。
樹はあちこち見とれながら、時々、義兄の顔をうかがった。
本当ならば、今日、義兄の横にいるのは、昨日見たあの綺麗なカノジョさんの筈だった。義兄とあの女性が並んで歩く姿を想像してみる。美男美女ですごくお似合いの2人だと思う。
あの女性とデートの予定がキャンセルになって、義兄は暇だったから自分を誘ってくれた。そう分かっていても、ここに連れてきてもらえたのは嬉しかった。
自分ではカノジョの代わりにはならないけど、出来れば義兄にも楽しいって思って貰いたい。こんなやつ、連れて来なけりゃよかったなんて思われたくない。
樹の心の中は、嬉しさと緊張と期待と不安で、ちょっとパニック状態だった。
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