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兆し3
(……どうしよう……。俺、失敗しちゃった)
樹は、途中で何度も「もう降りたい」と弱音を吐きそうになって、でも歯を食いしばって我慢していた。ようやく動きが止まって安全バーが解除されても、すぐには立ち上がれなかった。海賊船から降りる時も、膝がガクガクしていた。格好悪くて恥ずかしくてちょっと泣きそうだ。義兄は、心配そうに顔を覗き込んできて、階段を降りる時も手を貸してくれようとしていた。でも、樹は情けない顔を見られたくなくて、義兄の手を拒絶して、手摺りにしがみつくようにして自力で降りた。
「……大丈夫か? ちょっと怖かったよなぁ。俺も心臓どきどきしてるよ」
(……そんなの嘘だ。義兄さん、全然平気な顔してたじゃん。一緒に乗ってた僕よりちっちゃい子だって、楽しそうに笑ってたし)
気遣われると余計情けなくて、樹は地面に沈み込みそうなくらい、本気で落ち込んだ。
「樹。喉乾いただろ。あそこでちょっと休もうか」
薫は売店の前のテーブルを指さすと、樹の返事を待たずに店の方へ歩き出す。樹はギクシャクしながらその後に続いて、1番近い椅子にへたり込むように腰をおろした。
絶叫マシーンなんて、友達に話を聞いたりテレビで観たりしていた時は、全然へっちゃらだと思っていた。クラスの女子が怖がってるのを聞いて、内心バカにしてたくらいだったのに。
よりにもよって義兄に、あんな格好悪い姿を見られてしまうなんて。
(……義兄さん……呆れたかな。きっと、男のくせに情けないやつって思ったよね)
遊園地に連れて来てもらうなんて初めてのことで、緊張していたけれど嬉しかった。あの乗り物だってすごく楽しそうで、義兄と一緒に乗れるのも嬉しくてわくわくしていた。
(……それなのに……)
樹は地面を見つめて、はぁっと大きなため息をついた。
「おい。なんで地面と睨めっこしてるんだ? ほら、ソフトクリーム。手いっぱいだから受け取ってくれよ」
突然降ってきた声に、びっくりして顔をあげると、義兄は両手にソフトクリーム2つと飲み物2つを持って立っていた。ソフトクリームは斜めになっていて、今にも落っこちてしまいそうだ。
樹は慌てて手を伸ばし、義兄の手からソフトクリームを救い出した。
「これ、すごいボリュームだよな。おまえ、何味が好きか分からなかったから、どっちもバニラにしたぞ」
薫はそう言ってにっこり笑うと、飲み物をテーブルに置いてから、1個寄こせというように、樹の方に手を伸ばした。樹が両手に持ったソフトクリームの片方を差し出すと、受け取って豪快にかぶりつく。
「溶けるぞ。おまえも早く食べろ」
樹はなんだかぼんやりしてしまって、義兄が食べているのに見とれていた。笑いながら促されて、はっとして自分の手の中のソフトクリームに目を向ける。たしかに、ちょっと溶け出してコーンの所に垂れかけていた。樹は慌てて舌を出して、垂れたクリームをぺろっと舐めた。
「ソフトクリームなんて食ったの、何年ぶりかな」
樹がクリームと格闘している間に、薫はあっという間にコーンまで食べ終わって、今度は飲み物に手を伸ばす。
「樹。おまえ、口ちっちゃいなぁ。もっとバクっと豪快にいけよ。それだと、食い終わる前に溶けて崩れ落ちるぞ」
樹はコーンに垂れてくるクリームを必死に舐めていたが、全然追いつかない。大きく口を開けて、義兄みたいに上からガブっとかぶりついた。口いっぱいに頬張ると、冷たくて頭がキーンとした。樹は顔をしかめながら、ひたすらソフトクリームを食べ続けた。上からかぶりついて量を減らし、コーンの際の部分を舌で舐め取り、また上からかぶりつく。半分ぐらいになって、ようやくクリームが垂れてこなくなり、樹はほっとして顔をあげて義兄を見た。
(……っ)
薫は、こちらを見つめて微笑んでいた。目を細めて、びっくりするぐらいあったかい、優しい眼差しで。
樹はなんだか、きゅっと胸が苦しくなって、慌てて義兄から目を逸らした。
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