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兆し4

差し出す手を拒絶して、よろよろと階段を降りる樹を、薫は黙って見守った。今、余計な慰めを言えば、かえって落ち込ませてしまいそうだ。 樹に続いて階段を降りると、薫は辺りを見回した。すぐ先に、売店と飲食用のスペースがある。売店にはソフトクリームののぼりがあった。 薫は樹に声をかけてから、売店に向かう。ソフトクリームを2つと飲み物を買って、ちょっと横着して全部抱えて樹のいるテーブルに戻った。 樹はまだ拗ねているのか、俯いて足元を見つめている。初めて乗った絶叫マシーンが怖かったぐらいで、そんなに落ち込むことはないのに。 まだ一緒に過ごして1日も経っていないが、樹の印象は最初とだいぶ違ってきた。生意気な皮肉屋かと思いきや、結構素直で可愛い。 薫は1人っ子だったから、年の離れた弟の相手なんて、まさか自分に出来るとは思っていなかったが、意外と、自分は世話好きの子ども好きらしい。このところ、冴香との交際にちょっと鬱屈したものを感じていただけに、樹とこうして過ごす時間は、とてもいい気晴らしになっている。 薫が声をかけると、樹がはっとしたように顔をあげた。手の中のソフトクリームを見て、目を丸くしている。そういえば、樹と初めて会った時も、随分と目が大きい子だと思った。あの頃は今より更に背が低くて、ちょっと痩せすぎかなと思うくらい細かったから、くっきりとした二重まぶたの大きな目だけが、やたらと印象的だった。 薫が豪快にソフトクリームを食べ終えても、樹は小さな口から舌をちょっぴり出して、垂れ落ちるクリームと格闘している。子猫がミルクを懸命に舐めているようで、なんだか微笑ましい光景だったが、まだ初夏とはいえ、今日は快晴で気温も高めだ。あの調子でちびちび舐めていたら、ぐずぐずに溶けてしまうだろう。 薫がそう指摘すると、樹はムキになって口を大きく開き、はぐはぐとかぶりつき始めた。冷たくて頭がキーンとするんだろう。時折きゅっと顔をしかめながら、それでも必死に食べ続けている。薫はアイスコーヒーを飲みながら、樹が食べ終わるのを黙って見守った。 (……こいつはきっと母親似なんだな) 二重の大きな目と言い、ほっそりとした輪郭や、綺麗に通った鼻筋といい、どちらかというと女顔で、美人の義母によく似ている……と思う。ここ最近、義母とはろくに顔を合わせていないから、あまりよく覚えていないが。 今はまだ幼さが抜け切っていないけれど、あと数年もしたら、樹はかなりのイケメンになりそうだ。女の子にもきっとモテるだろう。 薫は妙に和んだ気分で、樹のことをぼんやり考えながら見つめていた。樹はようやく上のクリームを攻略し、半分ほどになったそれに、ほっとしたように顔をあげた。 必死で舐めていたせいか、鼻の頭にちょんとクリームがついてるのが、なんとも愛嬌があって可愛い。 薫と目が合うと、樹は何故か赤くなり、焦ったように目を逸らした。

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