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兆し5
「さーてと。次は何をやってみたい?」
ようやくソフトクリームを食べ終え、コーラを飲んでいる樹に声をかけると、樹は目だけあげて薫を見た。さっき乗った海賊船をちらっと見て、慌てて目を逸らし、他のアトラクションを物色し始める。
薫は園のパンフレットをポケットから取り出して拡げ、配置図を眺めてみた。
この周辺は、さっきみたいな絶叫系が並んでいる。樹がそういうのが苦手なら、違うエリアに移動した方がいいだろう。遊園地の楽しみ方はいろいろあるのだ。
樹にパンフレットを渡してやると、しばらく無言でそれを見つめていたが、むーっと顔をしかめ
「コーヒーカップ……乗ってみたい」
(……うわ。また随分と可愛い乗り物をご指名だな)
とは思ったが、顔には出さないようにした。なるほど。コーヒーカップなら遊園地の定番だし、乗り方によっては充分楽しめる。薫はにっこり笑って
「よし。じゃああっちのエリアだ。行ってみるか」
パンフレットで場所を確認して立ち上がった。
移動している間も、樹はきょろきょろと辺りを見回し、色とりどりのバルーンやポップコーンの売り場に見とれながら、薫の後をくっついて歩いた。
薫は入口で係員にフリーパス券を見せて、円形の乗り場へあがると、樹の方を振り返った。
「どの色がいい?」
樹は無言でひと通り見回してから、黄色と青のカラーリングのカップに向かってスタスタと歩き出した。
相変わらず無表情で、ちっとも楽しそうには見えないが、短い付き合いでも、樹の心の動きは割と目に出るのだと、薫は気づいてしまった。仏頂面をしていても、大きな目は好奇心いっぱいに煌めいている。
カップに乗り込むと、樹はきょろきょろと辺りを見回してから、真ん中のハンドルをじっと見つめた。
『回してみたい』と目が言ってる。
薫は笑いを噛み殺しつつ、素知らぬ顔で声をかけた。
「樹。ハンドル回すのは、おまえの担当な」
樹はその言葉に、今度はじとっと薫を見て、嫌そうな顔をしてみせ
「やだ。ガキっぽいじゃん」
ぼそっと呟いた。いやいや、充分にガキだろうが、とは思ったが口には出さないでおく。
「ただ乗るだけじゃつまらないだろう? いいから回せって」
コーヒーカップが動き出した。樹はちょっと嬉しそうな顔になり、でもすぐに仏頂面に戻って
「兄さんって案外、子どもっぽいんだな」
ぶつぶつ文句を言いながら、渋々ハンドルに両手を置いた。
リズミカルな音楽にのせて、くるくると回転するカップの中で、樹がハンドルを回す。最初は遠慮がちに。でも徐々にスピードをあげて。
まだ絶叫系に乗れない小さな子供でも安心して楽しめるこの乗り物は、実は案外曲者だったりするのだ。何もせずにのんびり乗ってる分には、ほのぼのとした可愛い乗り物だが、ハンドルを操作して回転スピードをあげると、下手な絶叫系よりずっと怖い代物に変わる。
薫は中学の時、友達とここに遊びに来てこれに乗り、調子に乗った友人がバカみたいなスピードで回し続けたせいで、降りてからしばらくは真っ直ぐに歩けなくなった。もう1人の友人は、気持ち悪くなってトイレにこもった。
恐らく初めてこれに乗る樹も、加減せずに回していたら、同じ運命になる。かなり回転数があがったところで、少しセーブさせようと樹の顔を見たら、薫は何も言えなくなった。
樹はすごく幸せそうな顔で笑っていた。仏頂面がデフォルトな樹にも、こんな顔が出来るんだなと感心するほど、正直見とれてしまうほど、綺麗な可愛い笑顔だった。
海賊船では泣きべそかいていたくせに、コーヒーカップは全然平気だったらしい。樹は乗り物から降りても、ふらつきもせずけろっとしていた。平気じゃなかったのは薫の方だ。平衡感覚を失ってよろよろ歩く薫に、樹は怪訝な顔をしながら手を貸してくれた。
「大丈夫……かよ?」
「いや。ちょっと大丈夫じゃないな」
薫は樹に手を貸してもらって、近くのベンチに腰をおろすと、ため息をついた。
「おまえ、ぐるぐるやり過ぎだ」
「だって、兄さんが回せって言ったんじゃん」
樹は文句を言いながらも、すごく楽しそうだった。降りたばかりのコーヒーカップを、まだちょっと物足りなそうな顔で振り返って見ている。
「もう1回、乗ってこいよ。気に入ったんだろう? あれ」
薫がそう言うと、樹はこっちを見て
「俺、1人で? 兄さんは?」
「俺はしばらくギブアップだ。いいから行って来いよ。ここで待ってるから」
樹は首を傾げてちょっと考えてから、
「じゃ、ちょっとだけ、乗ってくる」
やっぱり誘惑に抗えないのか、少しバツの悪い顔をしながらそう言うと、くるっと背を向けて、コーヒーカップの方に走って行った。
(……やっぱりガキだろ。でも何ていうか……可愛いな、あいつ)
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