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兆し6
よほど気に入ったのか、樹はその後3回コーヒーカップに乗って、ようやく満足したように戻ってきた。
「楽しかったか?」
「……うん」
「おまえ、よく目が回らないな」
「あんなの平気だし」
微妙に目を逸らしてぼそっと呟くが、ちょっと得意げなのが、何とも可笑しい。
「次はどこに行く?」
樹は握り締めてくしゃくしゃになったパンフレットを拡げて、うろうろ視線を漂わせてから
「……ゴーカート」
「よし。あっちだな」
薫は笑って立ち上がると、次のアトラクションに向かって歩き出した。
樹は次のゴーカートで、かなり大はしゃぎして(……傍目にははしゃいでいるようには見えないが、薫の目にはかなり楽しそうに見えた)、変形自転車をいろいろと試し、途中で薫が買ってやったポップコーンをもぐもぐしながら、お化け屋敷では、薫の上着の裾を遠慮がちに掴んで、びくびくしながら後ろにひっついて回り、空中ブランコやメリーゴーランドでは、すっかりデフォルトの無表情を忘れて、頬をゆるませていた。
結局、絶叫系は完全に避けて遊び回り、2人は最後に観覧車に乗った。
薫の斜め向かいに座って、窓から遊園地全体を眺めている樹の顔は、ちょっと頬が紅潮して目がきらきらしている。どうやら最初の海賊船のショックはすっかり忘れて、御機嫌な様子だ。
最初はどうなることかと思ったが、連れてきてやって良かったと、薫は胸を撫で下ろした。
自分はもう遊園地ではしゃぐような年じゃなかったはずだが、樹と1日遊び回って、なんだか日頃の鬱憤が吹き飛ぶ位に楽しかった。たまにはこういう1日を過ごすのもいいものだ。
いつの間にか陽が傾いて、鮮やかなオレンジ色の西陽が、樹の横顔を照らしている。ブラウンがかった柔らかそうな髪が、夕陽に透けてとても綺麗だった。こうして改めて見ると、樹は本当に綺麗な顔をしている。
「なに、見てんの……?」
薫の視線に気づいたのだろう。樹はこちらを向いて、眩しそうに目を細めた。
(……そんな仏頂面しないで可愛く笑ってたら、もっと美人なのにな)
薫は内心そんなことを思いながら
「いや。おまえの顔に見とれてた。綺麗な顔してるなーってな」
思わずそう言った途端、樹はものすごく驚いた顔になり、慌てたようにぷいっと窓の方に顔を背けた。
「ば……っばかじゃねーの」
樹の横顔が耳まで赤くなっているのは、きっと夕陽のせいだけじゃないだろう。薫はふっと笑って
「遊園地、どうだった? 楽しかったか?」
樹はまだ照れたような顔でちらっと薫を見て
「楽しかった……。俺、初めて来たから。ずっと、来てみたいって思ってたし」
「そうか。じゃあ、また連れてきてやるよ。俺も久しぶりになんだかのんびり出来た。たまにはこういうのもいいもんだよな」
薫がうーんと伸びをしながらそう言うと、樹は一瞬ぱっと表情を明るくして
「ほんと? ……兄さんも、楽しかった?」
「ああ。すごく楽しかった。また来ような」
「うん。また……来たい」
樹は呟くようにそう言って、窓の方に顔を向けた。
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