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第7章.三日月の思い1

母の小言を適当に聞き流して、樹は2階の自分の部屋に入ると、ポケットから、しわくちゃになった遊園地のパンフレットと、1日フリーパス券を取り出した。 勉強机に向かい、電灯をつけて、パンフレットのシワを一生懸命伸ばしてから、広げてみた。 園内の地図と写真入りのアトラクションの説明。じっと見つめていると、今日1日の記憶がよみがえってくる。 怖かったけど義兄さんが手を握ってくれた海賊船。夢中で食べたソフトクリーム。一緒に乗ったコーヒーカップと空中ブランコ。お化け屋敷。ゴーカート。キャラメル味のポップコーン。そして最後の観覧車。 ずっと義兄が一緒にいてくれて、自分と遊んでくれた。 何度も笑いかけて話しかけてくれた。 一緒に過ごして、楽しかったと言ってくれた。 (……どうしよう……。すっごい、すっごい嬉しい) 鼻の奥がつんとして、目がじわじわと熱くなった。 昨日から今日にかけての、信じられないくらい幸せな時間。義兄がくれた大切な思い出。 樹は顔をあげて、窓の外を見つめた。真っ暗な空に、触ったら切れそうなくらいきりりと綺麗な三日月が浮かんでいる。 樹は滲んできた涙を手の甲でごしごし拭いて、月の光をしばらく見つめていた。 何となく腑に落ちない気分で、薫は実家からアパートまでの道を車で帰っていた。 義母との約束通り、樹を車で実家まで連れて帰った。家の前で車を停めて、一緒に降りようとしたら、樹は泣きそうな顔で、それは嫌だと言う。 「俺、ちゃんと家に入るから。1人で帰るから。だから兄さんは、ここで見ててよ」 「いや。でも玄関まで送るよ。お義母さんにきちんとご挨拶して」 樹は激しく首を横に振り 「だったら俺、家には帰んないっ」 さっきまでの穏やかな雰囲気が一変して、樹は酷く辛そうに顔を歪めている。 「なあ、樹、落ち着けよ。一緒に玄関まで行って、お義母さんにちょっと挨拶するだけだ」 「だから、それがやだって言ってんだろっ。そんな格好悪いのやだっ。もういいよっ、俺、それなら友達んとこに行くからっ」 樹はそう叫ぶと、ドアに手をかけて今にも飛び出して行きそうになった。薫は慌てて樹の腕を掴み 「ちょっと待てっ。分かった。分かったよ。じゃあ俺はここで、おまえが家の中に入るのを見てるから。それでいいんだな?」 樹はこくんと頷いた。これ以上押し問答していても、樹の気持ちは変わりそうもない。 何か事情があるのだろうが、樹はどうしても義母と自分を会わせたくないようだ。今、ここで樹が嫌がることを強行しても仕方が無い。今まで実家のことは放置で、関わろうとして来なかった自分が、いきなり首を突っ込むのもおかしな話だ。後で義母に事情を聞いてから、もっと時間をかけて、樹の気持ちを聞き出してみればいいだろうと思い直した。 「じゃあな、樹。おまえが遊びに来てくれて嬉しかったよ。またいつでも来い。俺は大歓迎だからな」 樹は頑なにこちらを見ようとしなかったが、こくんと頷くと 「……ありがと。義兄さん」 もごもご呟いて、ドアを開けて外に出ると、俯きがちに門を抜けて玄関まで歩いて行った。 呼び鈴を鳴らすと少しして、玄関のドアが開く。樹はちらっと後ろを振り返った。薫が車の中から手を振ると、ちょっとだけ手をあげて、ばいばいというように振ってから、玄関に入って行った。 薫はしばらくそのまま、閉じてしまった玄関を見つめていたが、誰も出てくる様子はない。薫はため息をつくと車を発進させた。

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