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三日月の思い3

(……義兄さん……明日、誕生日なんだ) 義父が夕食の時に、母と話していた。今年もどうせあいつは、家に呼んでも来ないだろうと。 樹は自分の部屋に戻るとすぐに、昨日、母にもらったばかりのお小遣いを、勉強机の鍵のかかる引き出しから取り出した。……3,000円ある。 以前は義父が月に1万円のお小遣いをくれていたけれど、樹が初めて家出して、繁華街のゲーセンで補導された時に、持ってた小遣いを全部使ったと言ったら(……本当はゲーセンにたむろしていた高校生たちに、カツアゲされたのだが……)ものすごく怒って、それ以来、月の小遣いはなくなった。どうしてもお金が必要な時は、何に使うのか何を買うのか、予め義父に言えばもらえる。でもそれだと不便だろうからと、母が義父に内緒で、毎月3,000円をこっそり渡してくれている。 樹は月の半分ぐらいは家に帰らずに、友達の家の離れのプレハブ小屋にコッソリ泊めてもらってるから、母からもらった小遣いは、殆どその友達に渡してしまっていた。 この3,000円も、樹がこれから1ヶ月、どうしても我慢出来なくなった時の為に使う予定の大切なお金だ。 (……でも……) 義兄は、突然訪ねて行った自分を嫌がりもしないで、ご飯を奢ってくれたり、遊園地にまで連れて行ってくれた。ひとり暮らしの為にバイトしているのに、その大切なお金をいっぱい使ってくれた。 だから、樹は義兄に、何かお礼をしたいと思ったのだ。 樹は手の中の3,000円を見つめて、一生懸命考えた。 このお金で義兄に、誕生日のプレゼントを買いたい。そんな大したものは買えないけれど。義兄がどんなものを喜ぶかなんて分からないけれど。 これを使ってしまったら、樹はもう家から逃げられない。母が次にお小遣いをくれるまで、義父にどんな酷いことを言われても、義父の弟のあの嫌なおじさんに変なことをされても、家でじっと我慢して過ごすことになる。それは想像するとかなりキツい状況だったけれど、それでもどうしても義兄に、こないだのお礼がしたかった。誕生日プレゼントを渡したかった。 樹は急に胸がぎゅーっと痛くなって、慌ててお金を引き出しに放り出すと、その場に蹲った。 トクトクトクと心臓の音が煩い。あのことを思い出す度に、こうやって胸が苦しくなって痛くなる。自分はもしかしたら、何かの病気なのかもしれない。それともこれも、悪いことをしてしまったた罰なのかな。 樹は嫌な記憶を頭から追い払って、義兄のことを思い浮かべた。 優しい笑顔。穏やかに話しかけてくれる声。遊園地での夢のように過ぎていった楽しかった時間。 思い出すとすごく幸せで、胸の痛みも和らいでく。 樹は自分の胸に手をあてた。嫌なドキドキは治まって、なんだかこの辺がじんわりあったかい気がする。 (……うん、決めた。やっぱり義兄さんにプレゼント、買おう) 樹はもう一度、引き出しの中のお金を見つめると、何を贈ったらいいのか真剣に考え始めた。 「もう……。邪魔しないで」 「邪魔じゃないだろ?手伝っているんだ」 薫は、キッチンで料理を皿に盛り付けている冴香を、後ろから抱きすくめた。冴香はくすくす笑いながら身を捩り、胸に伸ばした薫の手をぺしっと叩くと 「いいからあっちで大人しく待ってて。もう少しで出来上がりだから」 振り返り、笑いながら怖い顔で睨みつけてくる冴香の唇に、薫はキスを落とした。 柔らかい唇。甘い吐息。 最初は軽く触れるだけのキスが、少しずつ深くなっていく。薫が調子に乗って唇を割り、舌を差し入れようとすると、冴香は唐突に唇を離し、手を突っ張らせて 「だーめ。それは食事の後。はい、これ。テーブルに持っていってね」 冴香がそう言って差し出したサラダの器を、薫は首を竦めて渋々受け取った。

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