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三日月の思い4

「今日は泊まっていっていいんだよな?」 皿をテーブルに置いて、椅子に腰をおろしながら薫がそう聞くと、冴香はふふっと笑って 「私は構わないけど。バイトはお休みなの?」 「明日は祝日だからな。事務所は休みだ。1日フリーだよ」 「じゃあ泊まっていって。私も明日は、ちゃんと空けておいたわ」 盛り付けた皿をテーブルに置くと、冴香はにっこり笑った。 「さあ、出来た。お待ちどうさま」 テーブルに所狭しと並ぶ凝った料理を眺め、薫は思わず微笑むと、ワインのボトルに手を伸ばした。 「これ、開けてしまってもいいのかい? ご実家から送ってきたものなんだろう?」 「それね、あなたの為に、父にお願いして選んでもらったの。遠慮は要らないから飲んで」 「へえ。君のお父さんのところのワインなら、味は保証済みだな。それは楽しみだ」 薫はワインのコルクを開けると、グラスに注いで彼女に渡した。 「ありがとう、冴香。ワインも料理も、すごく美味そうだ」 「ふふ。待ちくたびれてお腹ペコペコでしょ。さ、それじゃあ、あなたのお誕生会を始めましょうか」 薫は自分のグラスを持ち上げ、彼女のグラスに近づけて乾杯した。 樹は、朝から街に出掛けて、義兄の誕生日プレゼントを探す為にいろんな店を見て回った。ケーキ屋さん。花屋さん。雑貨屋さん。メンズショップ。 手持ちの3,000円から、義兄のアパートに行く為の往復の電車代を引くと、2,000円ぐらいしか使えない。母にもう少し貰おうかとも思ったけれど、何に使うか聞かれても答えたくなかったから諦めた。 いいなと思うものはどのお店にもあったが、お金が足りなくて買えなかった。 (……やっぱり……2,000円ぐらいじゃ無理なのかな) 歩き疲れて足が痛い。朝も昼も食べてないからお腹が空いた。樹はちょっと泣きそうな気分で、雑貨屋さんから出ると、目の前の公園に向かった。古い木のベンチに腰をおろして、じんじんする足を少し休める。 その大きな公園は、夕方から何かの催し物があるらしくて、屋台や出店の準備中だ。焼き鳥やお好み焼きを焼く匂いが漂ってきて、樹のお腹がぐーっと鳴った。 (……どうしよう……。そろそろ何にするか決めて買わないと、義兄さんのアパートに行けなくなる) こないだ、義兄に送ってもらって家に帰ってから、樹は夜こっそり家を抜け出すのを止めた。自分がいないことに気づいた母が、義兄に電話するかもしれないからだ。 一昨日、またあの叔父が泊まりに来て、樹は叔父の部屋に連れて行かれた。叔父は樹に勉強を教えてやっていると、義父や母には言っているけれど、そんなのは嘘だ。 樹は叔父の部屋に行くのが嫌で堪らないけれど、叔父にあのことを言われると、何も言えなくなる。だから歯を食いしばってぎゅっと目を瞑って、叔父に解放されるまでじっと我慢してた。 (……気持ち……悪い) 思い出したら、なんだか胸がむかむかしてきた。樹は慌てて一昨日の記憶を頭から締め出すと、義兄の顔を思い浮かべた。
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