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三日月の思い6
冴香の手料理は相変わらず美味かった。ワインも普段飲む安物と違って、香り高く心地好い酔いをくれた。
ここ最近、心の距離が離れてしまったように感じていた彼女も、出逢った頃に戻ったように明るく優しくて、薫はゆったりと満たされた心を感じながら共に時を過ごした。
食事の後、たわいもない話をして風呂にゆっくり入った後で、薫は彼女をベッドに誘った。
冴香は潤んだ瞳で、薫の仕掛けるキスに積極的に応じた。薫は彼女をベッドに押し倒し、その柔らかな胸に顔を埋めた。
甘い濃厚な夜を心ゆくまで堪能して、満ち足りた気分で2人眠りにつく。
翌朝、目が覚めると、冴香はもう起き出していて、薫の隣はもうひんやりとしていた。
目覚めのベッドでの戯れを冴香は好まない。薫はちょっと物足りなさを感じたが、贅沢は云うまいと思い直した。冴香はまだ自分のことを好きでいてくれるようだ。そのことにほっとしながら、薫は居心地のよいベッドを抜け出し、冴香のいるであろうキッチンに向かった。
「おはよう。お寝坊さん」
綺麗に身支度し、エプロンをつけた冴香が朗らかに笑う。薫は苦笑して
「君が早起き過ぎるんだ。おはよう。何か手伝うかい?」
「いいわ。もうほとんど出来てるから。あ。このサラダボウルをテーブルに運んでくれる?」
「かしこまりました。お姫さま」
おどけた仕草をする薫に、冴香はくすくす笑いながらサラダボウルを差し出した。それを受け取ってテーブルに置いてから
「今日はこれからどうするんだ?」
「そうね。薫のしたいことでいいけど。何かご希望は?」
(……別に何処にも出掛けなくていいから、1日家の中で戯れていたいんだけどな)
「特にないな。君がしたいことに付き合うよ」
冴香はちょっと首を傾げてから
「じゃあ、こないだ言ってた映画、観に行かない?」
「ああ、結構話題になってたよな。いいよ。駅前かい? それともアウトレットの方に行く?」
冴香はラップサンドとパンケーキを乗せた皿を持ってきて、テーブルに置き
「どうしようかな。アウトレットはこないだ行ったばかりだし。久しぶりに駅前に行きたいかな」
「いいよ。俺はどっちでも」
「じゃ。駅前で。駅ビルがリニューアルしたの、まだ見てないし。さ、出来たわ。召し上がれ」
薫は冴香の向かいに座ると、皿を覗き込んだ。
「これはホットケーキか? 何つけて食べるんだ?」
「ふふ。これね、甘くないパンケーキなの。そっちのスクランブルエッグやウィンナーのソテーと一緒にどうぞ」
「へえ。パンケーキって甘くないのもあるのか」
「私、甘い物はあまり好きじゃないから。あ、でも甘い方が良ければ作れるわよ」
「いや。俺もこれでいい。サンドイッチも美味そうだ」
薫は卵とウィンナーをパンケーキの皿に取ると、ナイフで切り分けながら食べ始めた。冴香はテーブルに頬づえをついて
「いつも朝食抜き?」
「うーん。そうだな。たまに気まぐれで食うけど、コーヒーだけってことも多いかな」
「朝食はちゃんと食べた方がいいわよ。頭の回転も良くなるし、身体にもいいもの」
「それは分かってるんだけどな。どうにも面倒だ」
冴香は首を竦めてラップサンドを手に取ると
「B型は面倒くさがりよね。まあ、私も人のことは言えないけど」
「君が料理が上手いのは意外だったな」
「あら、失礼しちゃう。家は昔から祖母が民宿をやってるでしょ。子供の頃から手伝いでいろいろやらされたのよ」
「そういえば、君のお父さんのワイン。素晴らしく美味かった」
冴香はふふっと嬉しそうに笑って
「それを聞いたら父が喜ぶわ。父は今、ワイン作りに夢中なの。本業の日本酒そっちのけで、東北で1番のワインを作るって張り切ってるわ。昨夜のはその試作品。ボーイフレンドに飲ませたいって言ったら、喜んで送ってくれたのよ」
「そうか。お父さんにお礼を言っておいてくれ。香りが良くて口当たりも滑らかで、本当に美味いワインだった」
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