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初月の心2

呼び鈴をもう1度押して、薫はいらいらしながら待った。駐車スペースには見慣れない車が1台あるだけだ。家の灯りは煌々としているから、誰もいないはずはない。 数分待って、もう1度呼び鈴に手を伸ばしかけた時、玄関ドアが開いた。 「こんな時間に誰だよ、まったく……」 男が不機嫌な顔で薫を見て、眉を潜めた。 互いに探るように相手の顔を見ていたが、先に男の方が「ああ」という表情になり 「おまえ……薫か?」 「……巧……叔父さん……?」 薫の苦手な親類だった。 父の弟だ。小さい時はよく遊んでもらったが、気分屋で自己中心的な性格の男で、薫が中学にあがってからはずっと疎遠だった。 叔父は、あの頃より少し老けた顔を皮肉っぽく歪めて笑い 「へえ。しばらく見ないうちに、随分大人っぽくなったな。おまえ、大学入ってから家出て一人暮らししてるんだろ? 家にはさっぱり寄り付かんって兄さんが愚痴ってたってのに、今日はどんな風の吹き回しだ?」 本当のことだが、随分な言い草だ。自分の家にいつどんな理由で帰ってこようと、叔父には関係ない。 薫は内心むっとして問い返した。 「叔父さんこそ、なんでここに?」 その問いかけに、叔父は一瞬ちらっと2階に上がる階段を見てから、首を竦めた。 「留守番、兼、子守りってとこだ」 「留守番? 父さん達、出掛けているんですか?」 「ああ。兄さんは若い奥方と愛娘連れて、幕張の方にお泊まりだとさ。仕事関係のデカい会議やらレセプションがあるらしい」 薫は叔父がちらっと見た2階が気になった。 父と義母と娘。では樹は一緒には行かなかったのか。 「子守りって……じゃあ、樹は家にいるんですか」 「本当は一緒に連れていく予定だったらしいな。樹のやつが約束してた時間に帰って来なくて、仕方なく置いてったんだ。俺は樹の様子を見て欲しいって兄さんに頼まれて、ここに来てるってわけだ」 鼻を鳴らし、不満気に言う割には、叔父はなんだかひどく楽しそうで、薫はちょっと違和感を覚えた。 それにしても、父や義母がいないならちょうど良かった。自分が会いたいのは樹だけだ。 「樹は2階? 自分の部屋ですか?」 薫が聞くと叔父は怪訝な顔になり 「なんでそんなこと聞く? おまえ、樹に何の用だ」 だからそれをあんたにいちいち言う必要はないだろうと、薫は内心いらいらしながら 「俺は樹に会いに来たんですよ」 それだけ言って靴を脱ぎ、階段に向かおうとする薫の腕を、叔父が掴んだ。 「待てよ。だから何の用だって聞いてるだろう」 薫は叔父の手を振りほどき 「それを叔父さんに説明しなきゃいけない理由はないでしょう?」 叔父は薫の剣幕にちょっと引いた顔になり 「そりゃそうだが……。樹ならもう寝てるぞ」 「中学生が夜8時過ぎに? まさか」 「風邪気味なんだとさ。だから俺が子守りに駆り出されてるんだ」 「じゃあ、俺も様子を見てきますよ。樹は俺の弟、ですから」 その言葉に叔父は嫌な笑いを浮かべた。 「俺の弟、ねえ。おまえがそういうこと言うとは驚きだな。おまえ、樹がこの家に来た時から、ずっと無視してたんだろう? 義兄さんとはほとんど口もきいたことないって、樹が言ってたぞ。今更どんな心境の変化だよ」 叔父の嫌味ったらしい言い方にむっとしたが、確かに本当のことだ。 樹はこの叔父に、そんなに懐いているのだろうか。義兄とは口もきいたことがないと、愚痴るくらいに。 黙り込んだ薫に、叔父は勝ち誇ったような顔になり 「何が目的か分からんが、今更急に兄貴面するなよ。樹の面倒なら、俺が看るから心配は要らないぞ」 胸の奥が妙にむかむかする。 (……だからなんであんたに、そんなこと言われなきゃいけないんだよ) 「叔父さん。俺は樹にお礼を言いたくて来たんです。具合が悪いなら、ちょっと顔見て帰るだけでいい。邪魔しないでくれませんか」 「ふうん。お礼? 何のだよ」 「それは樹に直接言いますよ。失礼します」 これ以上いらいらしたくなくて、薫は叔父との話を打ち切ると、階段をあがっていった。まだグズグズ言いそうだと思った叔父は、追いかけては来なかった。 薫は樹の部屋のドアをノックして 「樹。俺だ、薫だ」 声を掛けてみた。しばらくそのまま待つが、返事はない。もう1度ノックして声をかける。反応はなかった。試しにドアノブを回してみたが、鍵がかかっていた。 (……具合が悪くて寝てるのに、部屋に鍵っておかしいだろ?)
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