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初月の心3
ドアノブ周辺に鍵穴はない。室内でロックするタイプの鍵だ。
(……樹が自分でロックしたのか?)
薫は何となく腑に落ちなくて、さっきより強くノックしてみた。
「樹。寝てるのか? 薫だ。起きてるなら鍵を開けてくれ。樹」
ドアノブをガチャガチャと回してみる。耳をすまして反応をうかがったが、室内で誰かが動く気配はない。
もやもやと胸騒ぎがしてきて、薫はドアを思いっきり叩いた。寝ているだけなら、こんなに騒々しいのに目が覚めないはずがない。でもやっぱり反応はなかった。
(……自分で鍵をかけた後で、具合が悪くなって倒れているのかもしれない)
「樹! おい、樹! 俺だ、薫だっ。大丈夫なのか? 具合悪いのか? 樹!」
叔父の泊まってる客間から、やっとの思いで抜け出して、樹は自分の部屋に飛び込むと、ドアに鍵を掛けた。目を覚ました叔父が、追いかけてくるんじゃないかと、壁を伝いながら廊下を歩いてる間中、怖かった。
昨日、義兄のアパートから家に帰る時、電車代が足りなくて、一駅分歩いた。思った以上に遅くなってしまって、焦ってようやく家まで辿り着いたら、家には義父も母も居なかった。
でも何故か、大ッ嫌いな叔父が待ち構えていたのだ。
叔父は樹の顔を見るなり、気味の悪い顔で笑って
「兄さんたちは予定通り旅行に行ったぞ。今日から3日間、邪魔者はいないからな。やっとおまえにいろんなこと、本格的に教えてやれる」
樹は腕を掴まれて、無理やり客間に連れて行かれた。
(……気持ち悪い……。痛い……。吐き気、止まんないよ……)
樹は自分のベッドに横になると、自分で自分を抱き締めた。
これまでも、あの叔父にされることは、どれもこれも嫌だったけれど、昨日の夜からずっと続いてたのは、嫌なんてレベルを超えていた。
酷すぎて辛すぎてショックで、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
最初の頃は、自分が悪い子だから罰を受けるのは仕方ないんだと思っていたけれど、叔父のやってることはそういうことじゃないのだと、今では分かっている。でも……。
(……僕はもう、叔父さんを拒絶出来ない。嫌だなんて言えない。だって……)
知らないうちに、気を失うように眠ってたみたいだった。目が覚めたのは、部屋のドアをどんどん叩く音と、廊下で騒いでいる人の声でだ。叔父だと思って、樹は怖くて布団の中で耳を塞いだ。
(……もうやだ。怖いっ)
「樹! おい、樹! 俺だ、薫だ」
(……え……薫?
たくみ叔父さんじゃなくて薫?
薫って……誰だっけ……)
樹は布団の中から、恐る恐る顔を出した。
「なあ、樹。頼むから返事してくれ! 具合、悪いのか?」
(……!……あの声は……義兄さんだ!)
樹はびっくりして、慌てて飛び起きた。途端に視界がぐわんぐわんと揺れて、気持ち悪くて頭を抱えた。
(……義兄さんがいる。部屋の外。叔父さんじゃない。義兄さんが……)
声を出そうとしたが、喉の奥が詰まっているみたいになっていて、ぐうっと変な音が出るだけだった。
(……たすけ……て。助けて、義兄さんっ)
「ったす……け……て」
ようやく出たのは、しゃがれた変な声だけだった。頭の中がぐしゃぐしゃで、声の出し方までよく分からない。
「おい、いい加減にしろよ。何騒いでんだ」
ドアの外で、もうひとつ別の声がした。
(……あの声は叔父さんだ)
樹は開きかけた口をぎゅっと引き結び、急いで両手で耳を塞いだ。
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