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初月の心4

いつの間にかすぐ側に来ていた叔父に、ドアを叩こうとした腕を阻まれた。薫は振り返って叔父を睨み 「部屋にロックがかかってるんです。具合が悪くて応えられないのかもしれない」 叔父は首を竦めて苦笑して 「大袈裟だろ。そこまで酷そうでもなかったぞ。きっと寝てるだけだ」 こんな状況なのに呑気な叔父の言葉に、薫はイラっとした。寝てるだけじゃない可能性だってあるだろう。 「いきなり来て訳の分からんヤツだな、おまえは。いいからもう帰れよ。樹のことは、俺が父親に任されてるんだ。おまえの出る幕じゃないんだよ」 ぶつくさと文句を言い始めた叔父を無視して、薫はもう1度ドアをノックしてから 「樹。起きてるならちょっとだけ、ここを開けてくれないか?顔を見たらすぐに帰るから」 ちょっと間が開いて、やっと部屋の中で人が動く気配がした。 ドアのロックが解除されて、ぼんやりした顔の樹が、開いたドアから顔を覗かせる。 「樹……」 樹は寝起きの不機嫌そうな顔で薫を見てから、後ろにいる叔父をちらっと見て 「……何?俺……寝てたんだけど」 掠れた声でそう呟いた。薫はほっとして 「悪かったな、起こしてしまって。おまえが風邪気味だって聞いたから、具合が悪くて動けないのかもしれないって心配だったんだ」 樹は感情の見えない顔で薫を見てから、もう1度後ろの叔父の方を見て目を伏せた。 「……大丈夫。寝てただけだし。用事って、それだけ?」 「ああ……あ、いや。おまえ、昨日、俺の所に来てくれたんだな。留守にしてて悪かった。それと……」 薫は自分の胸元の月の形のペンダントを、そっと指で持ち上げて 「これ、ありがとうな。気づいたのが今朝で、お礼が遅くなったんだ。とても嬉しかった。大切にするよ」 樹は顔をあげ、薫の胸のペンダントをじっと見つめた。 「それだけ、おまえに直接伝えたかったんだ。寝てるとこ邪魔して、ほんとに悪かったな」 樹は何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに、また目を伏せてしまった。 「じゃあな、樹。おやすみ。身体、大事にしろよ」 樹は黙って頷くと、そのままドアを閉めかけた。後ろにいる叔父が、薫を押しのけるようにしてドアを掴み 「樹。部屋に鍵かけんのはやめとけよ。具合悪くなっても、様子見れないからな」 叔父の影になって、樹の表情は見えなかったが、樹は分かった……と小さく呟き、頷いたようだった。 ドアが閉まると、叔父はくるっと薫の方を振り返った。 「気が済んだか? お兄ちゃん」 そう言って嫌味ったらしく笑う。薫は首を竦めてそれには何も答えず、踵を返して階段を降りていった。 路駐していた自分の車に乗り込み、恐らくは叔父の車だろう、車庫に我が物顔で停めてある派手なスポーツカーを睨み付けてから、薫は車のエンジンをかけた。 父から樹の世話を任されている叔父と、家を飛び出してから、ろくに寄り付きもしなかった自分。 あの家に当然のように居座っている叔父の言葉の方に、分があるのは分かってる。 樹だって、自分には何も答えてくれなかったが、叔父の言うことは素直にきくようだ。 当然だと分かってはいるが……なんだかすごく、もやもやする。 薫は、車の窓から、家の2階の樹の部屋を見上げた。窓にはカーテンがきっちりひかれていて、部屋の照明も消えている。しばらく見つめていたが、何も変化はなかった。 薫はため息をつくと、車を発進させた。

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