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第9章.月無夜1
樹が叔父に初めて会ったのは、妹の事故の後、1ヶ月ぐらい経った頃だった。
義父との関係が悪くなって、自分を庇おうとしてハラハラしている母の、辛そうな顔を見ていたくなくて、樹は家族から距離を置いていた。
ある日、樹はいつものように夕食を終えてすぐに、2階の自分の部屋に行こうとした。すると義父が
「樹。私の弟……つまりおまえの叔父さんがな、1度おまえと会って話がしたいそうだ。もうすぐこちらに着くと連絡があったから、客間で待っていなさい」
重々しく告げるその声は、有無を言わさない感じだった。樹は人見知りだったし、血も繋がっていない、会ったこともない叔父と、話をするなんて苦痛だった。でも、義父は樹の返事など、聞く気はないらしい。
「……はい」
樹は小さな声で返事をして、重たい気分で客間に向かった。部屋に入ってソファーに腰をおろして考える。
叔父がいったい、自分に何の用だろう。話したいって……何を?
樹は不安で胸がどきどきしていた。
15分ぐらいして、客間のドアが勢いよく開いた。樹は考え事をしていたせいで、その音に驚いて飛び上がるように立ち上がった。
ドアの前には叔父が1人で立っていて、義父も母もいない。初対面のこの人と2人っきりで話をしなくてはいけないなんて、ますます気が重くなった。
「おまえが樹か。なるほど。母親に似て綺麗な顔をしている」
義父の弟っていうから、それなりの年のおじさんを想像していたけれど、思っていたより随分若い。義父とはあまり似ていなくて、服装も髪型もちょっと派手な感じがした。
樹は人見知りを盛大に発揮した。どんな顔をすればいいのか分からなくて、目をうろうろさせていた。
「……こんばんは」
やっとの思いでそれだけ言って、頭をさげた。叔父はずかずかと中に入ってきて、ソファーにどっかりと腰をおろすと
「あの兄さんを、だいぶ手こずらせてるらしいじゃないか。大人しそうな顔して、結構きかないんだな」
叔父の言っている言葉の意味がよく分からない。樹は何と答えていいのか分からずに、無言で目を伏せていた。
「……ふん。まあ、いいか。こっちにおいで、樹。俺の可愛い姪っ子の事故の件だけどな、おまえから直接、話を聞きたいんだ」
樹は弾かれたように顔をあげた。叔父は笑顔だったけれど、目が笑っていなくて、樹は胸の奥がぎゅっと痛くなって、思わず顔が引き攣った。
「そんな顔するってことは、悪いことしたって自覚はあるわけだ?」
叔父は言いながら立ち上がり、後ずさりしようとする樹の腕をぐいっと掴んだ。
「別に怯えなくていい。俺はおまえを責めにきたわけじゃない。むしろ助けにきたんだ」
(……え…………?)
樹は叔父の意外な言葉に、驚いて顔を上げた。叔父はふんっと鼻で笑って
「兄さんはああいう人だから、おまえにかなりきついことを言ったんだろう? 俺も子どもの頃は散々やられたからな。だいたい想像がつく。俺はな、樹。これでも一応、心理カウンセラーの資格を持ってる。おまえの本音を聞きたいんだ。誰にも言えずに苦しんでいることがあるだろう。俺はな、樹、おまえの味方になりたいと思って来たんだよ」
(……味方……。この人が、僕の?)
猫なで声でそう言う叔父の顔を、樹は恐る恐る見つめた。叔父はにっこり笑いかけてくれたけれど、やっぱり目が笑っていない気がして、怖かった。
叔父は、最初は隣に座って、いろんな質問をしてくるだけだった。樹は叔父の質問に答えたり、答えられなかったりした。
事故のことを聞きたいと言ったくせに、叔父は、自分と母がここに来る前に、どんな生活をしていたのか、すごく知りたがった。学校での様子や、好きな食べ物とか好きな色、心理テストと言って、よく分からない問題を出してきて、紙に答えを書かせたりした。
その後も、3日に1度ぐらい家に来て、同じことを繰り返すうちに、樹は少しずつ叔父と話すことに慣れていった。
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