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月無夜3

母が出て行った後、樹は知らない間に、またうつらうつらしていた。 ふと、すぐ近くに人の気配を感じて、目を開けた。 「……っ」 息がかかるくらい近くに、叔父の顔があって、樹は声も出ないくらいびっくりした。叔父はふっと笑って、樹のおでこに手をあてて 「まだ熱っぽいな。樹、腹は減ってるか? 何か軽く食べて、薬でも飲んどくか」 樹は無言で首を横に振った。 「今、家政婦におじやを作らせてる。食欲はないだろうがな、少しは腹に入れた方がいい」 至近距離から見下ろす叔父の目が、いつもと違って優しい。叔父の手が伸びてきて、頭をそっと撫でてくる。 「おまえ……昨夜のこと、覚えてるのか?」 「……?」 「いや、何でもない。とりあえず、薬飲むのに空腹はまずいだろう。少しでいいから腹に入れろ。今持ってきてやるからな」 樹が返事する前に、叔父はさっさと部屋を出て行ってしまった。 (……なんだったんだろ……いまの) 叔父は義父と違って、怖い顔をしたり、怒鳴ったりすることはないけれど、樹は何故かどうしても親しみを感じることが出来ないでいた。さっき、自分を見下ろしていた時の叔父は、いつもとは別人のような優しい目をしていて、頭を撫でてくれる手も温かく感じた。 (……どうして……あんな目で僕を見てたんだろう。昨夜のことって……僕はずっと眠ってたんじゃないのかな) 15分ほどして、またドアが開き、叔父が片手にトレーを持って入ってきた。トレーをいったんテーブルに置くと、樹の側までやってきて、 「シーツを汚すと面倒だからな。食べる間だけあっちに行くぞ」 そう言って屈み込むと、樹の腕を掴んで引き起こす。 「ほら、俺の身体につかまれ」 樹は促されて、おずおずと叔父の背中に腕を回した。抱き上げられて、そのままソファーまで連れて行かれた。テーブルのトレーの上には、湯気をたてているスープボウルと木製のスプーンが乗っていた。 「どうだ? 食べられそうか?」 スープボウルの中には、ちょっと色のついたお粥みたいなものが入っていた。樹がまじまじと覗き込むと、ふわっとうどんの汁みたいな匂いがして、思わず鼻をひくひくさせた。 「なんだ。不思議そうな顔して。おじやだよ。食べたことないのか?」 「おじや。お粥……のこと?」 「いや。お粥っていうより、雑炊に近いな。野菜ときのこを細かく刻んで、出汁と醤油で味付けさせた。俺が子供の頃は風邪ひくと母親が作ってくれたんだ。熱いからな。火傷しないように冷ましながら食べろ」 樹はスプーンで少し掬って、ふーふー息を吹きかけてから、ひとくち食べてみた。思ったより薄味で、卵でとじてあるからほんのり甘い。 「美味いか?」 樹は頷くと、もうひとさじ掬った。起きた時は全身がだるくて、食欲なんてまったくないと思っていたけれど、食べてみると意外と自分が空腹だったことに気づいた。 スープボウルにたっぷりのそれを、半分ほど食べて、さすがにそれ以上は無理だと、樹はスプーンを置いた。 叔父は隣の椅子に座って、雑誌を眺めていたが、樹が食べるのを止めると寄ってきて、おじやを覗き込んだ。 「思ったより食えたな。よし。じゃあ、これも飲んどけ。熱冷ましの薬だ」 ポケットから薬を取り出すと、おじやと一緒に持ってきてくれた水の入ったコップを、樹の前に差し出した。樹はコップを受け取ると、叔父がパッケージから出したピンク色の薬を、水と一緒に飲み下した。

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