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第11章.薄月1

誰かが泣いている。そんなに泣くな。大丈夫だ。俺がついてるだろ。 この子はきっと迷子だな。遊んでるうちに親とはぐれてしまったんだ。 探してやるよ。おまえの親。きっと見つかる。だから心配するな。 なあ、樹。俺が探してやるよ。だからあの時みたいに笑ってくれ。 夢から覚めても、薫はしばらくぼんやりしていた。 (……ここは……俺の部屋……だよな。 もう朝なのか……? なんだか怠いな。 俺は風邪をひいたんだった……か?) 妙に重怠い身体を起こそうとして腕を突っ張らせて、薫は中途半端な体勢のまま固まった。 カーテンの隙間から射し込む光を浴びて、薫の寝ている傍で、すーすーと寝息をたてているのは…… (……樹……?) なんともあどけない表情だった。口をうっすらと開けて無心に眠りこけている。柔らかそうなくせっ毛が陽に透けて金色に見える。これで自毛なら、樹には外国人の血が混じっているのかもしれない。 薫は思わず微笑んでしまった。可愛い赤ん坊やペットを見て和んでいる時のように、脳からアルファー波とやらが出ているのかもしれない。 (……そうか。おまえが来てくれてたんだったな) 薫は、眠る前に樹と交わした会話を思い出してみた。心配そうに覗き込んで、濡れたタオルを額に乗せてくれた樹。……そうだ。家に電話して、ここに泊まると伝えたと言っていた。せっかく遊びに来てくれたのに、自分はずっと眠ったまんまだったのか。 話し相手もなしで、樹は退屈だっただろう。ろくなものも食べさせてやってない。 薫は樹を起こさないように、そっとベッドを抜け出そうとしてみた。なるべくベッドが軋まないように、そろそろと身を起こして、足元の方からゆっくりベッドをおりる。 (……朝飯。なんか作ってやらないとな。パンの買い置きとかあったかな) 薫は、考えながら台所に向かった。パンよりご飯を炊いて、目玉焼きとウィンナーを炒めたものでも出してやるとするか。野菜炒めに出来るような野菜は何か残っていただろうか。 「……ん?」 コンロの上に鍋がある。覗いて見ると、雑炊のようなものが入っている。おたまで掬ってみた。これは……卵でとじたお粥か? 薫は部屋の方を振り返った。ベッドの端で猫みたいに丸くなって、すやすや寝ている樹。 (……あいつが……作ってくれたのか、これ) 体調を崩して寝ていた自分の為に、樹が作ってくれたのだろう。 薫はじわじわと胸の奥が温かくなった。不覚にも目までじわりと熱い。 もう1度おたまで掬って、1口味見してみた。薄味で卵の優しい甘さが心に染みた。 ※※※※※※※ 叔父に研究室で気を失うまでおもちゃにされた。気がつくと見知らぬマンションの部屋で、樹は裸でベッドに寝かされてた。 「気がついたかい?」 月城の穏やかな問いかけに、樹はぼんやりと、声のした方を見上げた。 「……ここ……どこ……?」 「僕のマンション。巧さんはさっきご自宅に帰ったよ」 (……巧さん……?……あ……叔父さんのこと……。ここ……月城さんの家なんだ……?) 「巧さんが君の家に電話してね、君を一晩預かるって親御さんに断ったからね。身体、まだ辛いよね?ゆっくりしてていいよ」 樹はこくんと頷くと、ほおっとため息をついた。叔父はここにはいないと知ってほっとした。 自分からわざわざ叔父の所に行ったことを、樹は死ぬほど後悔していた。もう、あんなことをされるのは嫌だ。お尻に叔父のものを入れられている時は、気持ち良くて仕方なかった。前を弄られるのも、自分でするより何倍も気持ちよかった。でも、終わった後の哀しさが半端じゃない。身体の奥から汚れて、どろどろに腐っていくみたいで、樹は自分のこんな身体が嫌で堪らなくなる。 「どうして君、大学に来たの?」 月城は椅子をベッドの脇に持ってきて座ると、樹の顔を覗き込んできた。樹は顔を見られたくなくて、月城から背けると 「……俺の身体……おかしいから」 「ふうん。疼くの?巧さんに抱かれたくて仕方ないんだ?」 「……。ね、俺……病気なの?もう、治んない?」 月城はしばらく黙っていた。 「元に……戻りたい……。」 樹がぽつんと呟くと、月城は腕を伸ばしてきて、布団の上に出ている樹の手を触って 「樹くんは今、誰か好きな人、いるのかい?」 「……好きな人……?」 「そう。巧さんのこと、好きで抱かれてるわけじゃないんだよね?他に誰か、好きな人いる?」 樹の頭の中に咄嗟に浮かんできたのは、義兄の顔だった。 「あれは、ほんとは好きな人とすることなんだよ。樹くんが恋をして、その人とキスをしたら、それは全然、病気じゃないんだ。とても幸せなことなんだよ」

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