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薄月4
自分の部屋に行ったフリをして、樹はそっと家を抜け出した。18時前に公園に行くと、月城約束通り車で来てくれていた。
樹は車に乗り込むと、ポケットから小さく折り畳んだ5,000円札を出して、月城に返そうとした。
「いいんだよ。樹くん。それは君が預かっててくれ」
「でも俺……こんなのやっぱ受け取れない」
月城は首を傾げて
「うーん……僕からのお小遣い……じゃ、納得出来ない?」
「出来ない」
「そうか……。じゃあ、それは僕からの交換条件」
「……?……交換……条件……?」
「そう。僕は君に頼まれて、今から○○駅に送っていくだろ?だから君も、僕の頼みをひとつ聞いてくれるよね?」
「……送ってもらう代わりに……これを預かるって……こと?」
「うん。そういうこと」
樹は顔をしかめた。
「変なの。それだと月城さん、何も得しないじゃん」
月城は楽しそうに笑って
「そうでもないよ。君がそれを預かってくれると、僕はすごく安心だ」
樹は首を傾げた。
「……意味、分かんない。月城さんって変だ」
「ふふ。そうかもね。僕はちょっと変わり者なんだ。さ、シートベルトを締めて。出発するよ」
「本当にここでいいの? 行きたい所まで送っていくよ」
樹はぶんぶんと首を振った。
「ここで、いい。ありがと」
月城はまだちょっと納得のいかない顔をして
「帰りはどうするの?」
「……大丈夫。自分で帰れる」
月城は黙ってしばらく樹の顔を見ていたが、やがて首を竦めて
「じゃあね、樹くん。また何かあったら頼ってくれていいから」
「うん……。ありがと」
樹は月城に向かって頭をさげると、降ろしてもらったのとは逆の歩道に渡るために、横断歩道に向かって歩き出した。
※※※※※※※
薫は机に向かって、大学のゼミのレポートを書いてる。樹は薫が貸してくれた漫画本を読んでいるフリをしながら、時々そっと薫の真剣な横顔を見ていた。
さっきご飯を食べながら、薫が話してくれたことを思い返して、樹はまだドキドキしてた。
(……「これから仲良くしてくれるか?」って義兄さんは言ってくれた。こんな悪い子の僕に。
どうしよう。嬉しい。どうしよう)
自分が薫を好きという気持ちと、薫が自分に向けてくれている気持ちは、同じじゃないと分かっている。それでも樹はものすごく幸せだった。
義兄に嫌われてない。弟だって思ってもらえてる。
でも、自分の本当の気持ちを知ったら、義兄はきっと困るだろう。もしかしたら気持ち悪いと思われるかもしれない。だから自分のこの想いは、絶対に義兄に気付かれないようにしなくてはいけないのだ。
「なあ、樹。どこか行きたい所、あるか?」
薫が急に後ろを振り返った。樹はどぎまぎしながら、手元の漫画本をじっと睨みつけた。
「……別にない」
「ずっとここに居ても退屈だろう?これ、もうちょっとで終わるから、そしたらどっか出掛けよう」
「……兄さん。何も予定ないの?」
「もうすぐ試験があるからな。今日はこれ終らせて、あとは勉強するつもりでいたんだ」
「じゃあ、勉強しなきゃ、じゃん。俺、別にどこにも行かなくていい」
薫は樹の顔を見てしばらく考え込んでたが、何か思いついたのか、にこっと笑って
「よし。じゃあちょっと出掛けるぞ」
樹は噛み合わない会話に驚いて顔をあげた。目が合うと薫は面白そうに笑って
「やっとこっち見たな、樹」
樹は義兄の笑顔がなんだか眩しくて、目をぱちぱちさせた。
「俺、出掛けなくていいって言ってんじゃん」
「うん。だから遊びに行くんじゃないよ。広瀬川の近くに大きな図書館があるんだ。あそこなら調べたい資料もあるし、自習室もある。おまえ、あの辺行ったことあるか?」
樹は無言で首を振った。
「いろんな小説や雑誌も置いてるから、一緒に行ってみないか?」
大きな図書館なんて、樹は行ったことがなかった。なんだか大人の世界を覗くみたいで格好いい気がする。
「……行って……みたい」
樹の返事に薫はぱちっと片目を瞑って、また机に向かった。
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