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月の想い・星の願い3
冴香は、まだ驚いたまま固まっている樹の前に進み出ると
「初めまして。樹くん。お義兄さんと仲良くさせて頂いてる飯島冴香です。よろしくね」
「……っぁ……」
樹は口を開いたが、声が出ない様子だ。
「樹、どうしたんだ?そんなに驚いたのか?」
2人に相手の名を言わずに会わせたのは、ちょっとしたサプライズのつもりだった。薫は悪戯が成功した気分で、笑いながら樹の呆けた顔を覗き込んだ。樹の大きな目が、冴香と薫の顔をうろうろとさまよう。
「ぁの……俺……」
「ごめんなさいね、驚かせちゃって。酷いお兄さんよね。あなたにも何も言ってなかったのね」
戸惑う樹に、冴香が優しく助け舟を出す。
「私も驚いたわ。すっごく綺麗な弟さん。きっとお母様も美人なのね」
「……っ」
冴香ににこっと微笑まれて、樹ははっとしたように息を飲み
「ぁの……藤堂……樹です」
蚊の鳴くような声で答えて、ぺこっと頭をさげた。
「じゃ、出掛けるか。樹、昼はこのままどっかで食べるから、おまえ着替えるなら」
「俺っ帰るっ」
「え?」
樹は急に大きな声でそう言うと、くるっと背を向けて部屋の中に戻っていった。薫は冴香と顔を見合わせ
「ちょっとここで待っててくれ」
冴香を玄関の中に招き入れると、薫は樹を追って部屋に戻った。
樹はさっさと自分の服に着替えると、借りた本を抱えて薫の側をすり抜けようとする。薫は樹の腕を掴み
「おい、待てって。どうしたんだ? いきなり帰るって」
「俺、あんたたちの邪魔、する気ないから。手、離せよっ」
樹は上擦った声でそう叫ぶと、薫の手を振りほどこうともがいた。薫はようやく、樹が怒っているのだと気づいた。突然、冴香に会わせてしまったのはまずかったのか……。
「ちょっと待ってくれ、樹。落ち着けよ」
「やだっ手っ離せったらっ」
めちゃくちゃにもがく樹を、薫はぐいっと引き寄せた。
「ごめんな。悪かった。おまえ、嫌だったんだな。本当にごめん。頼むからそんなに怒るなって」
「……怒って、ないっ」
手を振りほどこうと暴れる樹を薫は抱き締めて、背中をとんとんしてやった。
「悪かった……。びっくりさせて本当にごめんな。ちょっとした悪戯のつもりだったんだよ。おまえがそんなに嫌がるなんて思ってなかった」
「嫌がって、ないじゃんっ。兄さん、ばっかじゃねーの? あの人まだいるんだろ? 聞こえてんじゃん」
地団駄踏んで喚く樹の意外な言葉に、薫は驚いて腕の力をゆるめた。樹はすかさず薫の腕から逃れ出ると
「俺、嫌がってるとか、なんでそんなこと言うんだよっ。帰るって、言っただけじゃんっ」
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