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月の想い・星の願い4
樹の泣きそうな顔に、薫は驚いて絶句した。正直、薫には何が何だかさっぱり分からなかった。驚くだろうとは思っていたのだ。いや、驚かせようと名前を告げなかったわけだから。でも、樹のこんな取り乱した反応は予想外過ぎて、薫は呆然としてしまった。
「帰るっ」
樹はもう1度そう言って、荷物を抱えたまま部屋を出ていこうとした。
「樹くん、待って」
部屋の入口には冴香がいた。出ていこうとする樹を優しく押し止めて
「ね。君がこのまま帰っちゃったら、薫はすごく哀しい気持ちになると思うわ。君がここに訪ねてきてくれたこと、すっごく喜んでたのよ。もしね、私がいない方がいいなら私の方が帰るから、樹くんは落ち着いてゆっくり薫とお話してくれる?」
冴香に穏やかに話しかけられて、樹は本を抱えたまま、冴香と薫の顔を交互に見比べた。
「君がいても、全然邪魔なんかじゃないのよ。薫から君の話を聞いて、私も1度会ってみたいな~って思ってた。今回のことは、薫がいけないよね。でも薫はちょっとした悪戯のつもりでやっただけなの。君のお兄さんはこういうサプライズみたいなこと、よくやるのよ。だから、許してあげてくれる?」
樹は戸惑ったように、もう一度2人の顔を見比べてから
「……俺……邪魔じゃ、ない?」
掠れた声でそう言った。冴香はゆっくり頷いて
「もちろん。会えて嬉しいわ」
「……お姉さん、帰んなくていいよ。兄さんと一緒に、いて」
「うん。じゃあそうする。でも、樹くんもまだ帰らないで。お昼ご飯、一緒に食べに行きましょう?」
樹は冴香の顔をじっと見つめて、やがてこくんと小さく頷いた。
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