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月の想い・星の願い15

コール5回目で相手が出た。 「もしもし。樹か」 ちょっと間があった。 「……うん。……兄……さん?」 寝ぼけているような、くぐもった声が聞こえてくる。 「ああ、俺だ。今、いいか?」 またちょっと間があいた。 「……待って」 ガサゴソと受話器が何かに擦れるような音がした後、さっきより鮮明な声が聞こえた。 「も、だいじょぶ。なに?」 「おまえ、まだ寝てたのか?もう10時だぞ」 笑いながらそう言うと、 「んと……まあ、そんなとこ」 歯切れの悪い、樹らしい返事に、薫は思わず微笑んでしまった。 「今、家か?これからちょっと出られるか?」 今度は長い沈黙が流れた。 「おい、樹?」 「……家、じゃない。友達んとこ。でも、もう帰る」 「友達の家か。泊まったのか?いや、約束があるんなら、無理に出なくてもいいんだぞ」 「ううん。起きたら帰るつもりだった。兄さん、アパート?」 今度は薫が言い終わる前に、間髪を入れず答えが返る。 「ああ。部屋出て車に乗ったところだ。出られるなら拾いに行くぞ。家の近くでいいか?」 「……ん……と。○○駅んとこ。友達んち、そっちのが近い」 「○○駅、な。分かった。すぐに向かうよ」 「うん……」 電話を切ると、薫はちょっとだけ浮上した気分で、車を発進させた。 「誰からだったの?」 後ろから声をかけられて、樹は思わずびくっとした。慌てて振り返ると、月城が楽しそうな顔してる。 樹はPHSを急いでポケットに突っ込んだ。 「別に。……俺、帰る」 「へえ。どうやって?」 「歩いて。そこ、どけてよ」 月城が笑いながら通せんぼしている。樹は月城を睨みつけた。 「ここから歩いては、さすがに無理だよ。誰からの電話だったか教えてくれたら、車で送ってあげるけど」 いつも車で月城のマンションに連れて来られるから、ここから一番近い駅がどこなのか分からない。 樹が黙り込んでいると、月城が顔を覗き込んできて 「そのピッチ、君に買ってあげたのは僕だよね? 誰から電話来たのかぐらい、教えてくれてもいいんじゃないかな?」 月城の言い方は、嫌味っぽくも意地悪な感じでもなかったが、樹は出来れば薫の名前を、出したくなかった。 だいたい、PHSを持ちたいとお願いしたのは自分だけど、その交換条件を、樹はきちんと守っているのだ。 樹が言うのを躊躇っていると 「そんなに大事な人?僕に知られたくないの?」 月城の言葉に、樹は慌てて首を振った。 「違う。別に、大切とかそーゆうんじゃなくて。プライバシーの、問題」 樹の答えに、月城は声をあげて笑った。 「はは。プライバシーか。確かに、君にだって、守りたいものはあるよね」 樹は月城の顔を探るように見た。大切とか、守りたいとか、そんな風に思われるのは、困る。月城は優しいし、樹の相談にも乗ってくれるし、いろいろしてくれる。でも、月城の後ろには叔父がいるのだ。叔んに、義兄とのことを変な風に話されたらマズい。 「だから、そんなんじゃない。兄さんから電話、きただけ」 「お兄さん……?……ああ、義理のか。薫さん、だっけ。巧さんから聞いたことあるよ。大学生で家出て一人暮らししてるんだよね?」 「……うん。兄さん、これから出掛けないか? って。車で○○駅に迎えに来るって。だから…」 「○○駅ね。じゃ、連れてってあげる。今日はもう、巧さんはこっちに来ないしね」 叔父の名前が出ると、樹の顔は強ばった。月城は優しく微笑んで、樹の頬をそっと撫でると 「すぐ準備するから。待ってて」 そう言って、部屋を出て行った。樹はふうっと息を吐き出すと、ポケットの中のPHSをぎゅっと握り締めた。 (……義兄さんに……会える……) 樹は思いついて、急いでクローゼットのところへに行った。扉についている大きな鏡の前で、自分の全身をチェックする。 薫に会うのは、10日ぶりくらいだ。山形から帰ってきた薫が、お土産を渡してくくれた日が最後だ。 「どんな物がいいか、分からなくってな」 そう言って、薫が渡してくれたのは、黒猫のモチーフがついているコインケース。樹が思いがけない嬉しさに固まっていると、薫は不安そうな顔をして 「ちょっと子供っぽかったか? その猫、おまえに似てる気がしたんだ」 そう言って照れたように笑った。樹は泣きそうになるのを堪えて、慌てて首を振ってお礼を言った。 黒猫のコインケースは、今ジーンズのポケットの中だ。義兄から初めてもらった、大切な大切な宝もの。 樹は鏡の中の自分を見つめた。 (……おかしなとこ、ないかな。 前に会った時より、僕はきっと変わってしまってる。どんどんおかしくなってる。 義兄さんにバレちゃわないようにしないと)

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