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誰そ彼月5

樹を完全に抱き枕にして、薫はベッドを背もたれに寛いでいる。 樹はもちろん、寛ぐどころじゃない。心臓がバクバクいってるのも、下の方の反応も、薫にバレやしないかと、気が気ではないのだから。 最初のショックがだんだんおさまってくると、樹はもがいて、薫の腕の中から逃れようとしてみた。 いくら薫が、兄弟仲良くしようって言ってくれたからといって、樹はもうちっちゃな子どもじゃないんだから、こんな風に抱っこされてるのなんて格好悪いのだ。 「……にぃ……さん、離し……」 「なあ、樹。俺の、どんなところが、ダメなんだろうな……」 「……ぇ……?」 薫は、妙に気の抜けたような声で、ぼそっと呟いた。 こんな義兄の声、樹は初めて聞いた。覇気のない暗い声だ。 樹はなんだか胸が締め付けられて、腕の中からそっと薫の表情をうかがってみた。下からだとよく見えないが、薫は前方をぼーっと見つめている。 その目はちょっと虚ろで、心ここにあらずという感じで。 そう言えばさっき薫は、嫌なことがあって、落ち込んでいると言っていた。いつも明るくて自信たっぷりの義兄が、こんな弱った顔見せるなんて、 いったい何があったのだろう。 樹が困って言葉を返せずにいると、薫は樹の髪をほあほあと撫でながら、ため息をついて樹の顔を見下ろした。 「そんなこと聞かれたって困るよな、おまえだって」 目が合うといつもの優しい顔で微笑んでくれる。でもやっぱり元気がない。 「やなことって、なに?」 樹は内心どぎまぎしながら聞いてみた。こんな体勢だから、薫の顔が近すぎて緊張する。薫は眉をさげた情けない顔をして 「……うーん……。俺にもな、何が何だか、さっぱり分からないんだ。急に、自分を否定された感じっていうのかな……」 「……否定……」 「うん。今まで開いていた扉が突然がしゃんって目の前で閉められて、呆然としてるんだ」 樹は眉を顰め、首を傾げて考え込んだ。薫の説明は漠然とし過ぎていて、いまひとつよく分からない。 (……開いてた扉が閉まっちゃった?自分を否定された? それって、友達付き合いとかのこと、なのかな。こんな快闊で人付き合いの良さそうな義兄さんでも、人間関係で悩んだりするんだ。……僕なんかしょっちゅうだけど) 「友達と、ケンカ、した?」 「お。樹、鋭いな。まあ、そんなとこ、だな」 樹にも、たった1人だが、友達と呼べる人がいる。樹がよく、離れの勉強部屋に泊めてもらう、ひとつ上の凱人(かいと)くんだ。 樹は凱人くんと、ケンカするところを想像してみた。 (…………) ダメだ。ぜんぜん想像出来ない。ゲームおたくでひきこもりの凱人くんと無口な自分。一緒の部屋にいても、お互いに別のことをしているし、ケンカどころか会話も殆どない。 (……開いてた扉が閉められちゃった感じ……? それは、例えば、僕が泊めてって訪ねていって、ダメだって断られる、みたいな……? ……いや。多分、それ、違うよね。凱人くんに今日はダメって断られるのなんかしょっちゅうだし、ダメなら僕は、別の秘密の場所に行くだけだ) 樹はものすごく難しい顔をして、首を傾げたまま固まっている。 あんなあやふやな説明じゃ、分からなくて当然だ。それでも一生懸命、何があったか考えてくれているみたいだ。 冴香にふられたんだ。距離を置こうって言われてしまったよ。 そうはっきり告げればいいのに、言葉を濁してしまうのは、樹に格好悪い自分を知られたくないっていう、薫の見栄だ。 10日ほど前に、冴香と山形に行った時のお土産を樹に渡して、楽しかった旅行の話をしてやったばかりなのに、その冴香に恋人解消されて落ち込んでるなんて、言えないじゃないか。 樹の存在に癒されて、だいぶ落ち着いてきた。薫は樹の柔らかい髪を撫でて、苦笑した。 「ありがとうな。心配してくれて。大丈夫だ、そのうち浮上するよ。せっかく遊びに来てくれたのに、つまんない話して悪かったな」

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